次に奇跡が起きる時を、氷河は一日千秋の思いで待った。

いったいなぜそんな奇跡が起きるのかはわからなかったが、それは考えても詮無いことである。
氷河にできるのは、ただ待つことだけだった。

そして、三度目の奇跡は、起こったのである。

二度の奇跡が起こった夜の庭を見詰めることが日課になりかけていた氷河の視線の先に、一瞬たりとも忘れたことのない姿が、ふいに現れる。
建物の最上階にある自室のベランダに続くガラス扉の向こうにその姿を認めた氷河は、次の瞬間には、部屋を飛び出していた。

「瞬……!」

瞬の姿を見るなり、氷河にはわかった。
それが、瞬の命が消える日の瞬だということが。

眼差しに艶がある。
今、氷河の目の前にいる瞬は、昨夜、氷河と身体を交えたばかりの瞬だった。

「瞬……」
この綺麗な姿と眼差しとが、まもなく、生きている者たちが暮らしている世界から消えてしまうのだ。
そう思うと、氷河は、それを抱きしめずにはいられなかった。

「あ……」
軽い抵抗があったが、氷河は自分の腕の中にあるものを離さなかった。

「だ……誰、あなた」
「俺が……わからないのか?」

氷河に問われ、氷河の腕の中で、瞬は戸惑っているようだった。
わからなくても、それは当然である。
昨夜彼を抱きしめた男と、今の氷河との間には、十数年の年月が横たわっているのだ。

だが、瞬は、やがて気付いたようだった。
「……氷河?」

瞬がその名を言い終えるより先に、その唇をふさぐ。
“昨夜”覚えたばかりのはずのキスの仕方を、瞬の唇はすっかり忘れてしまっているようだった。






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