相手は中学生である。
さすがに夜の密会はマズいだろうと考えて、俺は、翌日の夕方、都心のホテルのティーラウンジで彼と落ち合うことにした。


「何か手違いでもあったんでしょうか? 絵は、確かに僕が買い求めたものでしたけど……」
約束の場所に、その姿を見い出した時、何よりも俺は、彼に再会できたことに安堵した。
もう一度会えたことにほっとした。

が、実のところ、俺は、彼にもう一度会いたいと、そればかりを願っていて――彼を呼び出した口実のひとつも考えていなかった。
俺は、とにかく、もう一度彼に会いたかっただけだったから。

窮余の策で、俺がその場で苦し紛れに捏造した“用件”は、
「君に、俺の絵のモデルになってほしいんだ」
――だった。
まあ、急ごしらえの“用件”としては、妥当な依頼だったと思う。
もちろん、彼は、俺の切り出した“用件”に、珍妙な顔つきになったが。

「僕……男ですけど」
「それくらいわかってる。脱いでくれと言ってるわけじゃない」
脱いでくれたら、もちろん嬉しいが――と思ってしまった自分に、俺は内心ひどく戸惑った。

だが、同時に、この子がモデルになってくれるのだったら、俺は、嫌いな人物画の制作にも全身全霊を傾けるだろう――とも思った。
人を描きたいと思ったことなど、俺はそれまで、ただの一度もなかったんだが。

「僕、学生なので、そういうことは……」
「歳や身分は関係な──」
彼に食い下がろうとして、俺は、自分がまだ彼の名前すら聞いていないことに初めて気付いた。

慌てて名を問うと、彼は、『瞬』と名乗った。
苗字を尋ねると、曖昧な笑みと一緒に、
「あなたも、『氷河』というお名前しか公になさってないでしょう?」
という返事が返ってきた。

「いいとこのお坊ちゃんなんだろう? あの絵をぽんと買ってしまえるんだから」
「あの絵は素晴らしいです。胸に迫るものがあります。高い買い物をしたとは思いません」
「…………」

もしかしたら俺は、うまくごまかされたのかもしれなかった。
だが、彼が――瞬が――どういう名で、どういう家の子供なのかなんてことは、その時の俺には、どうでもいいことのような気がしていた。

瞬は、俺の絵をわかってくれている。
それは、俺自身を理解してくれているということと同義だ。
俺は単純に、そして、純粋に、嬉しかった。

だから俺は、
「──ありがとう」
そう言って、素直に瞬に頭を下げた。
「鐘子期に出会った白牙の気分だ」

――本当に、俺はそういう気分だった。






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