「は……伯牙絶弦の?」
俺に頭を下げられたことに驚いたらしく、瞬がどもりながら尋ねてくる。
俺は、頷いた。


確か、『列子』にある話だったと思う。
伯牙という琴の名手に、彼の演奏の意図をいつも正確に掴んでくれる鐘子期という友人がいた。
最大の理解者・鐘子期を病気のせいで失った時、伯牙は、自分の演奏を真に理解してくれる者はいなくなったと嘆いて、自分の琴を叩き壊し、それ以後二度と琴を演奏することはなかった――そうだ。

その鐘子期に、俺はついに巡り会ったような気分だった。

「本当に描きたいものが認められなくて、少しばかりヤケになっていた」
「包容力がないと、受けとめられませんよ、あの絵に込められたものは」
「…………」

俺の絵に込められたもの――。
それが、この、愛情にも経済的にも恵まれて育ったのだろう子供にわかるというのだろうか。
考えてみれば、それは奇妙なことだった。

俺の絵は、与えられた孤独と、自ら望んだ孤独――つまりは拒絶――でできている。
それが、こんな優しい暖かい目をした幼い少年に読み取れるということ自体、どう考えても自然なことじゃない。
持てる者に持たざる者の気持ちは理解できない――と言うつもりはないが、そういうものを、理解はともかく共感し受け止めることが、こんな子供にできるのは、むしろ不自然だ。

「君にはそれがあるというのか?」
俺は、少しばかり挑戦的な口調になっていたかもしれない。

「受けとめられる人間になりたいとは思いますが、今は、あの絵を見て、胸を詰まらせるのが精一杯です」
瞬の答えには背伸びがなかった。
見栄も虚勢もなかった。
俺には、それが子供の受け答えとは思えなかった。

そして、瞬の答えは、俺を愛したいと言ってくれているのと同じだった。






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