次に瞬に会った時、俺は意気込んで、D.I.の絵を見た感想を、瞬の前で披露した。

「俺は、認識を改めた。自分の絵がどれほど消化不良で、どれほど甘いものだったのかを思い知った。俺の絵が子供のように孤独を訴えている絵なら、D.I.の絵は、その孤独に打ち勝つための提言をしているような絵で――。おまえが俺の絵に払ってくれた代金で、D.I.の絵を買った。俺が人の絵を買うなんて、初めてのことだ」

瞬の顔を見るなり、オーダーを取りにきたウエイターも無視してまくしたて始めた俺を、瞬があっけにとられて見詰める。

「どうした?」
尋ねてから、俺は、自分が瞬を『おまえ』呼ばわりしてしまっていたことに気付いた。
そして、瞬はその馴れ馴れしさに呆れてしまったのかと、とんちんかんなことを考えた。
幸い、瞬は、そんなことで不快になったのではないらしかった。

「あ……いえ、モデルの話を食い下がられるのかと思っていたので……」
「ああ、もちろん、そのつもりだが」
俺は、とってつけたように、瞬に頷いてみせた。
何がおかしいのか、瞬が、俺の顔を見て、くすくすと笑い出す。
俺は、そんな変なことを言ったつもりは毫ほどにもなかったんだが。

「でも、僕は、氷河の絵もとてもいいと思います。寂しい人に、愛せる人を捜しなさいって言うのも、寂しいのはあなただけじゃないよって言うのも、どちらも絵を見てくれる人への慰めにも励ましにもなるものでしょう? 人の受け取り方はそれぞれだもの。氷河の絵も、D.I.の絵も、人にはどちらも必要なんですよ、きっと」

『氷河』――と、瞬が俺を呼び捨てにする。
それが、俺個人に親しみを覚えて呼び捨てにしたのではなく、『氷河』という画家の名を美称無しに呼んだだけなのだということはわかっていたのだが、それでも俺は、瞬と俺との間の距離が縮まったような気がして、瞬に呼び捨てられることが嬉しかった。

「おまえにも?」
この幸福そうな少年にも、そんな絵が必要なのだろうか?
俺が尋ねると、瞬は、少し肩をすくめて、小さく頷いた。

「……僕、貯金をはたいたんですよ、氷河のあの絵を買うために」
「今時の中学生は、100万も貯金を持っているのか」
「僕、もう18です。もうすぐ高校を卒業します」
「じゅう……はち?」

今度は、俺があっけにとられる番だった。
中学生にでも、この大きな瞳は反則だろうと、俺はそれまで思っていたんだ。
そこに、もうすぐ高校を卒業すると言われたんだから、俺が驚いたとしても、それは仕方のないことだろう。

瞬は、俺が瞬の歳に驚いたことに怒ったらしく――だが、すぐに険しくなった表情を和らげた。
おそらく、実年齢より幼く見られることに慣れているに違いない。

俺も、迂闊と言えば迂闊だった。
これまで瞬と交わした会話を思い起こしてみれば、瞬の言葉や態度は中学生どころか、いわゆる“大人”以上に落ち着いたものだったのに。






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