「今度はいつ会える?」
中学生だと思い込みつつ、目下の者と思うことなく対等に瞬と言葉を交わすことができていた訳を、俺が自覚したのは、その日の別れ際だった。

「そうですね……。僕、もう進路も決まってますし、授業にもほとんど出なくていいので、時間はあるんですけど……」
自宅までは無理でも最寄り駅までは送らせてくれと、瞬を強引にホテルの駐車場まで引っ張っていった先で、俺は気付いた。

年齢の上下も立場の上下も消し去ってしまう感情。
むしろ、相手を、無意識のうちに自分の上位に持ち上げてしまう感情。
――と言えば、それはこの世にただひとつしか存在しない。

てっきり義務教育中なのだとばかり思っていた子供が、来春には高校を卒業する程には大人なのだと知らされて、その時、俺の中にあったタガのようなものが外れてしまった――らしい。

「そうだ。今度の土曜日から、東洋美術館でフランス・ルネサンス展が開催されるでしょう。その時に――」
瞬の言葉を、俺は遮っていた。
俺の両腕と唇で。

瞬の身体が強張るのを、瞬を抱きしめた両の腕で、瞬の唇が震えるのを、瞬の唇に重ねた唇で、俺は知ることになった。
急ぎすぎた……! と、すぐにわかった。

瞬が、俺を突き飛ばし、責めるような目で俺を見詰め、そして駆け出す。

夜のとばりの降りた駐車場で、俺はしばらく自分がしでかしてしまったことの意味を理解できずにいた。
そして、理解できた途端に後悔した。

ほんの2、3度会って話をしただけの相手――しかも同性――に、突然唇を奪われて喜ぶ高校生がどこにいるだろう。
しかも、俺は、その高校生の本名も家も通っている学校名も知らないままで――つまりは、コンタクトを取って謝罪することもできないんだ。

俺は、自分の迂闊さに臍を噛んだ。






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