「で……でも……いったい、いつどこで見たのっ! あんな、まるで僕の身体を型にとったみたいな……」
「俺の前で服を着てたって無意味だ。全部わかる。俺が馬鹿なタレント共の裸体画を描くために、いちいち奴等の服を脱がせていたとでも思っているのか?」

「……え?」
羞恥と怒りのために頬を紅潮させていた瞬が、俺のその言葉を聞いてきょとんとする。
瞬は、どうやらそう思っていたらしい。
俺が、俺のアトリエで、女たちの服を剥いで喜んでいたと。
まあ、普通の絵画制作はそうだろうが、手抜きの絵を描くために、俺はそんな手間をかけたりはしない。

「あの像の表情は、まあ、俺の妄想の産物だが」
「と……とにかく、困るのっ! 困るんですっ!」
瞬の非難は、哀願に変わりつつあった。
何をしても、瞬は可愛い。
俺は、身近で瞬の声を聞くことができる喜びに浸りきっていた。

「なぜだ。あれは芸術作品だぞ。ベルニーニの彫刻が芸術作品な程度には」

マスコミもあの瞬の像を、ベルニーニに比較して好き勝手なことを言っている。
ある意味、それは妥当な見方だろう。
ミケランジェロの力強さや、ロダンの硬さは、あの瞬の像にはない。

『アポロンとダフネ』や『プロセルピナの略奪』で有名なジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、ギリシャ神話を題材にした一連の彫刻作品の他に、『聖女テレサの法悦』や『至福のルドヴィカ・アルベルトーニ』等の聖女像を数多く物にしている。
聖女たちの強烈な官能性ゆえに、どこぞの遊び人の男が、
「これが神の愛というものか。それなら、俺だって知っている」
と評したのは有名な話だ。

俺の創った瞬の裸体像にマスコミ連中がつけたキャッチコピーは、『ベルニーニ以上の官能』。

瞬が、世間体を気にするほどの良家の子弟か、頭の硬い古参画家の子息なら、必ず親族からクレームがつくだろうし、まして、瞬本人なら、あれは正視できまい。
瞬の大理石像を公開する時、俺はそれを期待した。

瞬を捜し出すためでなかったら、俺だって、あんな瞬の像を衆目にさらしたくはなかった。――という気持ちもあった。
反面、俺の瞬を世界中の人間に見せてやりたいという気持ちがあったのも事実だが。


俺は、像の公開をやめてもいいと、瞬に告げた。
代わりに、瞬の名前と住まいと電話番号と、これからも会えるという保証を、俺に与えてくれるなら、と。

瞬は、俺の交換条件に何の返事も返してよこさなかった。
否とも、諾とも。

代わりに、瞬は、
「……運転手さん。車を麻生にまわしてください」
と、タクシーの運転手に告げた。






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