瞬は、良家の子弟どころか、この教会の孤児院で育った──今も生活している――ということだった。

瞬が最初に描いた絵は、同じ施設にいた瞬よりも年少の子供たちにせがまれて描いた聖母マリアの絵だったらしい。
本来イエスやマリアの像など認めることのできないプロテスタントの牧師は、それを子供たちが求める母親の絵だと解することで、子供たちのささやかな慰撫を認め許した。
それが、小学生の頃。
まだ瞬自身も母親が恋しい年頃だったろう。
子供たちが喜んでくれるのが嬉しくて、瞬は普段着の聖母を描き続け、やがて、部屋に飾れるような風景画を描くようになった。

「孤児院の運営の助けになればと思って描いたその絵を、教会でのバザーで売りに出したら、思いがけず、飛ぶように売れちゃって――」
そこに、同じ孤児院出身の、自称立志伝中の例の画商が、瞬に商業画家にならないかという話を持ちかけてきたらしい。
瞬は専門的な教育を受けたこともなく、無論、特定画家に師事したこともないという。

「ここには、高校卒業までしかいられないんです。高校に行かせてもらったのも、特別の計らいで、奨学金をもらえたからで……。でも、歳のこととか学業のこととか色々あって、これまでは身元を隠してました。展覧会にもほとんど出品できなかったし、今度のビエンナーレが、本当の公式デビューなんです。なのに、そのデビュー作がこれだなんて――」

俺は――苦学ではあったが芸大を出た。
絵画から彫刻、美術史まで一通りの技術・知識は身に付いている。
自分はこれまで、ろくに美術を勉強したこともない高校生の作品に嫉妬していたのかと思うと、俺は失笑を禁じえなかった。

そして、絵は、技術や知識ではなく、愛情や情熱で描くものなのだという、あまりにも当然で自然で、それ故に忘れていたことを、俺は思い出した。
瞬の絵が、何よりも雄弁にそれを物語っている。

「俺と組んで名を売ろうとしているようで嫌なのか」
瞬が絵を描く動機がそれだというのなら、確かに俺とつるんでいるような印象を人に抱かせるのは、瞬の創作活動のマイナス要因にしかならないだろう。
瞬のためにならないというのなら、俺は俺の作品をお蔵入りにしても構わないと思った。
いや、むしろ、喜んでそうしたいと。






【next】