「え?」
少しばかり苦渋を含んだ俺の言葉を聞いた瞬が、ふいに顔をあげ、不思議そうな目をして俺を見詰める。
瞬は、そんなことは考えてもいなかったらしい。

「あれは……あの像は、モデルにさせられた僕個人の立場から離れて見たら、素晴らしい作品だと思います。造形は優しいし、それが何なのかうまく表現できないけど、人をどきっとさせて、見る者の気持ちを引き込む力もあって、僕、初めて見た時には、自分の像なのに見とれてしまいました……」
そんな自分をうぬぼれの強いナルキッソスのようだと思っているのか、瞬の声は次第に小さくなっていった。

「でも、恥ずかしいの……! あれは……まるで、僕が、まるで氷河に──」
「俺の夢と憧れの結実だからな。あの彫刻のおまえは、俺を愛してくれていて、当然、俺に愛されているんだ」

あれは、俺から瞬への求愛の像だ。
雪のように白いままの瞬の心に、恋を知って欲しいという。
瞬は、ちゃんとそれを読み取ってくれている。

「……ただの想像でしょう」
「ただの妄想だと思っていたさ。ここに来て、この絵を見るまでは」
瞬の絵は、俺に――命のない白い風景に――春をもたらそうとする神の手の絵だった。

「絵はわかるんだろう?」
自分の心はわからなくても。
恋がどんなものなのかは知らなくても――。

俺が尋ねると、瞬は、心許なげに項垂れてしまった。
「こんなのが描きあがるなんて思ってもいなかった。手が勝手に動いて この色と構図を選んで、完成に近付くにつれて、絵が――僕は氷河が好きなんだって訴えてくるの……!」
瞬が、半分泣いているような声と目で、俺を責めてくる。
こんな可愛らしい生き物を創った神の手は本当に偉大だと、俺は思った。

「数え切れないほどの女から、あの手この手の誘惑を受けてきたが、こんな求愛プロポーズは初めてだ」
この瞬の前で、瞬が好むような綺麗な言葉を思いつけない自分に腹が立ってくる。

「お互い、神の手が指し示す方向に素直に進もうじゃないか」
照れ隠しもあって、半ばふざけるように瞬の腰にまわした俺の手は、瞬の右手に音をたてて叩き払われた。

「そのにやにや笑いをやめてください!」
「やめてやってもいい。おまえがキスさせてくれたら」
だが、仕方がないだろう。
これが、俺の身に付いた処世術で、創作活動以外で俺にできる精一杯の求愛行動だ。
それに――切望していたものを手に入れられるかもしれないという期待のせいで、俺の含み笑いはどうにも引っ込んでくれそうになかった。

「ほ……ほんとにやめてくれますね !? 」
俺のふざけた態度に、いい加減腹を据えかねたらしい。
瞬は挑戦的な態度でそう言って、唇を引き結び、俺の前に立って、そして、目を閉じた。






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