人を超越する力を持ったものの存在を信じずにいられない人間が多いことは──ほとんどの人間がそうだということは──ヒョウガも承知していた。
王の権限で塔の探索を命じたところで、その命に尻込みする者が多数出る現実に出合うばかりだろう――ということも。
その命を強硬に実施すれば、それは、地上の権力者よりも神の方が優っていることを周知に知らせることになるばかりの無益な命令になるに違いない。

ヒョウガは、塔の探索の件は、適当なところで切り上げることにした。
『王が、神の配偶者の許に訪れた者を疑っている』という事実を、神官や官吏たちに知らせることが、ナブ神殿の塔の探索を言い出したヒョウガの目的で、それは既に達成されていた。
それは、意固地に食い下がり続けるほどの問題ではなかった。

それよりも。
「シュン──と言ったな。今、どうしているんだ」

「伏せっております」
「世話は? 塔の8階の部屋には、神の配偶者しかあがれないんだろう」
「先代の神の配偶者を連れてきて、身のまわりの世話をさせております。医学の心得のある神官に下の階まで登ることを許しました」
「そういう手があるわけか」

神の配偶者と神の配偶者だった者が同時に複数人存在するのは、彼女等の存在の価値と稀少性を減じることになり、ひいては神威を損なうことに?がるのではないかと、ヒョウガは神殿側のやり方を訝っていたのだが、それは、守るべき形式を維持するために必要な仕組みであるらしい。
誰も足を踏み入れることの許されない塔の部屋にシュンがひとりきりで捨て置かれているのではないことを知って安堵し、ヒョウガは周囲の者たちに気取られないように小さく吐息した。

「直接、話をしたいんだが」
「我々立会いのもとでなら、王が神の配偶者に会うことの前例がないわけでもありませんが……どちらにしても、まともな話はできますまい。己が身にこれほどの光栄を受けることがあろうなどということは考えてもいなかったらしく、今はほとんど自失状態です」

神官長のその言葉を聞いて、ヒョウガは痛ましげに眉根を寄せた。
シュンが今どういう状態にあるのかは、想像に難くない。
それを、光栄と言い切る神官長の神経の方が、ヒョウガには理解し難いものだった。

「光栄か? 得体の知れない者に、自分の身体を陵辱されることが」
「光栄でありましょう。あれほど情熱的に神に求められましたら」
「……貴様等の神は、よほどの好き者とみえる」
ヒョウガは吐き出すようにそう言って、彼の目の前に立つ神の信奉者から視線を逸らした。

「話しても無駄か。自分は神に愛でられたのだと、貴様等に思い込まされているだけかもしれないしな」
王座のある部屋の窓から、ナブ神殿の頂上に、天を突くように立っている塔が見える。

「それが神だという証を見せられない限り、俺はそんなものは信じないぞ。神の配偶者は、神でない何者かに蹂躙されたんだ」

証を見せろと言う者と、ひたすらに信じろと言う者が、同じ結論に辿り着くことは、最初から無理な話だった。






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