「ところで、瞬」
二人の間に漂い始めた沈黙を、ふいに氷河が遮る。

「え?」
瞬は、どこかぼんやりした目で――自分がぼんやりしていたことにも気付いていなかったように、ぼんやりした目で――氷河の顔を見上げることになった。
氷河が口にしたのは、瞬が怖れていたこと――自分が何を怖れていたのかは、瞬自身にもわかっていなかったのだが――ではなかった。

「おまえ、サーシャ・グズネツォフのコンサートに行きたがっていただろう? 明日、一緒に行かないか」
「僕と?」
氷河の思いがけないお誘いに、瞬の気分が少し上向きになる。
瞬が確認を入れると、氷河はおもむろに瞬に頷いてみせた。

「色々世話になってるし、ちょうどチケットが手に入ったんだ」
「あれ、チケット取るの大変なんだよ。僕、全然取れなかった」
「そうか? 電話したらすぐ繋がったぞ」

氷河が軽く言うのを聞いて、瞬は呆れたように吐息した。
そういう幸運な人間も、世の中には存在するのだ。
「氷河って、運がいいんだね。その調子で、氷河の好きな人ともうまくいくといいね」

「そっちの方は、望み薄のような気がしてきたがな」
「…………」
氷河の低いぼやき声に、瞬は無言で瞼を伏せた。
氷河のための言葉を、瞬はやはりどうしても、ほんの一かけらも、探し出せなかった。






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