「だーっ、もーっ !! 」

人間の忍耐力には限界がある。
氷河の忍耐力は、普通人のおよそ3分の1程度の容積しかなかった。
もともと持ち合わせの少ないそれをあっさりと使いきった氷河は、やけになったように乱暴な所作で、城戸邸のラウンジのソファに身体を沈めた。

「貴様等の助言通りやってみたが、やること為すことすべてが裏目に出る! いったい誰だ、瞬好みの告白方法は、瞬本人に聞いてみるのがいちばん確実だなんて言ったのはっ!」
言った星矢が肩をすくめて、おそらくはアテナの聖闘士の中で最も恵まれた恋をしているもう一人の仲間に、視線を向ける。
その視線の先で、紫龍も、星矢と同様に肩をすくめていた。

「この俺が、興味もないガキのファンクラブに入って、聴きたくもないコンサートのチケットを苦労して手に入れて! やっとデートに連れ出した先では、さっさと告白しろなんて、当の本人に発破をかけられて! いったい俺にどうしろっていうんだっ !! 」

氷河の煮詰まり具合いがわからないわけではなかったが、紫龍と星矢は、それが自分たちのアドバイスのせいだとは、これっぽっちも思っていなかった。
「おまえの話の持っていき方がマズいんだろーが」
「親切心でアドバイスしてやった俺たちのせいにするなよな。だいいち、おかげではっきりしたじゃんか」
「何がはっきりしたっていうんだ!」

「瞬には、はっきり言うしかないってことがさ」
不機嫌を極めている氷河の睥睨にたじろぎもせず、星矢があっさりと言う。
氷河の憤怒は、ますます激しくなった。

「それが結論だとわかっていたら、俺は、最初から貴様等なんぞに相談なんかしなかった! 貴様等の変な入れ知恵のせいで、ごく単純だったはずの事態が、変にこじれちまったんだろーが!」
「相談してきたのはおまえの方だぞ」
「ああ、俺が馬鹿だった!」

氷河の怒りは、無責任な助言してくれた星矢たちよりも、彼等に相談を持ちかけるなどという愚行をしでかした自分自身に向けられていた。
いちばんの愚か者が誰なのかということは、氷河とて自覚しているのだ。

自分の価値観と判断基準に従って、何事も強引に推し進めがちな自分を知っているからこそ、あのデリケートで傷付きやすい瞬に、いつものやり方で迫るのはマズいだろうと考えて、氷河は星矢たちに相談を持ちかけた。
だが、デリケートな人間のことをデリケートな人間に相談するのならともかく、星矢だの紫龍だの、自分に輪をかけて大雑把な輩に相談したのが、そもそもの間違いだったのだと、今なら氷河にもわかっていた。
しかし、今になってそんなことがわかっても、それは、正しく後の祭りというものである。

「もっと簡単なことだと思ってたんだ。瞬は俺を好きでいてくれると思っていたし──」
正しくは、『思い込んでいた』――である。

「あそこまで親身になられると、それも気のせいだったような気がしてきたか?」
にやにやと皮肉の勝った笑みを紫龍に向けられて、氷河は口許を引きつらせた。

「とにかく、俺はさっさと本当のことを瞬に言う。このままじゃ、本当に、俺が瞬以外の誰かに惚れてるんだと思われちまう」

「もう、思われてるんじゃないのか〜?」
「誰のせいだ、誰の!」
「おまえだろ」

あっさりと事実を言ってのけてくれる星矢に返す言葉など、氷河が持っているはずもなかった。






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