「あの絵は外した方がよくないか?」
「あれは、母さんが好きだった絵だよ」
シュンは、王に対する言葉使いとは言い難い親しさで――まるで10歳の無垢な子供のように――ヒョウガに告げた。

「あれは、希望の絵なんだって」
「絶望の絵にしか見えないが」
「一本だけ残った弦が希望なんだって。弦が1本だけでも残っている限り、人は生きていけるんだ……って――そういう絵」
「あの暗い絵が希望の絵とは……」
「あの絵を見ながら、いつかきっとお父様が迎えに来てくれるよって、母さん、いつも言ってた」
「…………」

それがシュンの母の、唯一の弦だったのだろうか。
ヒョウガは言葉を失った。

ヒョウガの母が、シュンとシュンの母をここに閉じ込めたのは12年前、シュンの父親が亡くなってまもなくである。
死んだ者が、この不幸な親子を迎えに来れるはずがない。

それは、シュンに希望を持たせるための言葉だったのかもしれないが、もしかしたら、シュンの母は、唯一の弦を運命に断ち切られて生きる力を失い、狂っていたのではないと、ヒョウガは疑った。

彼女にそんな絶望の言葉を吐かせたのは、ヒョウガの母である。
そんな無慈悲なことをヒョウガの母に行なわせたものが、彼女の息子を王位に就けるという目的だったのだとしたら、シュンの母にその言葉を言わせたのは、ヒョウガ自身でもあった。

本来なら、今、バーデン大公国の王位に就いていたのはシュンだったはずである。
絶望でできた希望の言葉を幼い息子に告げ、それでいて、決して我が子の胸に憎しみを植えつけることをしなかったシュンの母親を、ヒョウガは悲しく哀れに思った。






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