「氷河の馬鹿をどうにかしろよ!」
「うむ」
「ったく、冗談じゃないぞ、こんな……! だいいち、瞬がかわいそうだぜ」
「しかし、どうにかするにしても、その方法がな……。まさか、瞬を巻き込まず、ひとりで処理しろと言うわけにもいくまい」
「すればいいじゃないかっ! ひとりでっ!」
「いや、まあ、その、なんだ。氷河にそういう虚しいことをさせるのもなぁ……」

激している星矢に、紫龍はたじたじになっていた。
まあ、星矢が怒るのも無理からぬことではあるのである。
瞬の寝室死守のため、星矢が命懸けで(?)闘っていた間、某白鳥座の聖闘士は、のんびりノンキに瞬のベッドに横になっていたらしい――のだ。
つまり、彼は、瞬の食事が済んだら、またヤる気だったのである。
それは、星矢のみならず紫龍にも、捨て置けるような事態ではなかったのだが、問題はその解決方法である。

しばし考え込んでから、紫龍はおもむろに口を開いた。
「ヴィクトリア朝パブリックスクール風解決法を試してみるか」

「なんだよ、それ」
ふいに耳慣れない単語を出されて、星矢が一瞬間だけ怒気を忘れる。

紫龍は、そんな星矢に、訳知り顔で頷いた。
「ヴィクトリア女王時代のイギリスは、ヴィクトリアン・モラルと特に言われるくらい性道徳の規制が厳しくてな、結婚した男女が子供を作るためにする性交以外は、まともなセックスはもちろん、自慰行為も神に背く大罪とされていたんだ」
「そりゃまた、不自由な時代もあったもんだな」
──と眉をひそめてみせはしたものの、星矢はそのヴィクトリア朝(*)というのがいつ頃のことなのかも知らなかった。

「しかし、若い学生たちは、どいつもこいつも盛りのついた犬みたいにやる気満々で」
「だろうな」
それでも、今の氷河よりは控えめなものだったろうと思いつつ、星矢が紫龍に続く言葉を促す。

「そこで、男子学生たちを預かっているパブリックスクールの教師たちは、学生たちに激しいスポーツを奨励することにしたんだな。肉体を酷使させることで体力を消費させ、試合での勝利という非性愛的な満足を、性的満足の代償にさせた。そうすることで、学生たちの性欲を抑制しようとしたわけだ」

「つまり、夜、ヤる気になれないほど、スポーツで身体を疲れさせたってわけか?」
「そういうことだ。問題は、氷河を疲れさせるほどのスポーツというのが思いつかないところだが……」
「…………」

性欲抑制のために発明された紳士のスポーツ・ラグビーごときで、氷河が疲れてくれるとは思えない。
他にも体力の消耗の激しいスポーツはいくらでもあるだろうが、いかんせんキグナス氷河は並の人間ではなく聖闘士だった。
しかも、更に別の意味で、並の聖闘士ですらない。

星矢は、紫龍の提案の有効性に期待できず、渋面を作った。





(*)注   ヴィクトリア朝

ヴィクトリア女王が統治していた1837年〜1901年のイギリスを指す。
この間、作家オスカー・ワイルドが同性愛問題で投獄され、ランボーとヴェルレーヌが同棲し、痴情事件を起こしたヴェルレーヌは逮捕されている。
この時代、テーブルの脚が卑猥だというので、テーブルクロスで隠すようになったのは有名。
ちなみに、映画『モーリス』は、ヴィクトリアン・モラルの影響が色濃く残る1909年のケンブリッジが舞台。



【next】