「キグナスが、多量の血液を寄付してくれると聞いてきたのですが」
「アンドロメダを救うため、キグナスと闘って勝てたら、うまいトンカツをおごってもらえると聞いてきた」
「私は、幻のパスタ・ヴォイエロ食べ放題と聞いてきたぞ」
「蟹チャーハンじゃなかったのか?」
「ええい面倒! ぜんぶまとめてトルコライスだ!」
「実にわかりやすいその落ち、あなたなら恥も外聞もなく、言ってのけるだろうと思っていましたよ、アイオリア。色即是空、空即是色。色欲は空しく、ヤりすぎると空になる」
「ふぉっふぉっふぉっ。小宇宙は無限じゃ。おぬしもまだまだ悟りが足りんのぉ」
「私は、このままではアンドロメダがキグナスに殺されると言われたから、わざわざ日本までやって来たのであって、決して、キグナスを倒したらアンドロメダとデートできるなどという誘い文句に乗せられてきたわけではないぞ」
「ところで、私はなぜこんなところにいるんだ?」
「氷河がこんな節操なしに育ったのは、断じて私のせいではないぞっ」
「敗北以上に醜いな。責任転嫁という行為は」

どのセリフが誰の言ったものなのかがわかったところで、大した意味はない。
重要なことは、キグナス氷河のありあまる体力(と性欲)を消耗させるため、ギリシャくんだりから、黄金聖闘士がぞろぞろと城戸邸にまでやって来たということだった。

そして、それでも、氷河に改心の兆しが見えなかったという、厳然たる事実だった。

「ヤりたいものをやって何が悪い。瞬もいいと言っているんだ」
アテナの聖闘士のヒエラルキー上最高位にいる黄金聖闘士たち11人を前にしても、氷河は自身の言動を省みる気配を見せない。

「瞬は嫌だって言えないだけだろっ。相手が断れないと知ってて要求するのは、無理強いとおんなじじゃんか。瞬がかわいそうだと思わないのかよっ!」
「思わないな」

星矢の非難を、氷河があっさりと受け流す。
それから彼は、再び黄金聖闘士たちに向き直り、そして、言った。
「だいたい、星矢の口車に乗せられて、いい歳したオトナが、そんなきんきらりんのびらびらした格好で日本くんだりまでやってきて、おまえら、馬鹿じゃないのか」

「………… !! 」× 11
たとえどんなに人間ができていようとも、図星をさされると人は焦りを覚え、攻撃的になるものである。
あるいは、自己弁護に走るものである。
まして、黄道十二宮を司る黄金聖闘士たちは、人間ができていないオトナばかりで構成された集団だった。

「これは……闘うしかないようですね」
「近頃の若い者は、礼儀というものを知らんのか」
「自分に正直なのは結構だが、他人に正直なのは身の破滅を招くことになるぞ」
「結局、蟹チャーハンは食えないのか?」
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。青銅聖闘士とて手加減はしないぞ」
「仏の顔も三度と言うが、一度で四度分の侮辱してのけるとは、怖れ知らずな」
「父子親あり、君臣義あり、夫婦別あり、長幼序あり、朋友信あり(*)。人は、すべからく秩序を乱してはならないものじゃ」
「いや、私は、とにかくアンドロメダとデートできればいいのであって──」
「だから、私はなぜここにいるのだ?」
「師に向かって、何という口のききようだっ! 私はおまえをそんなふうに育てた覚えはないっ」
「弟子が弟子なら、師匠も師匠だな。観念して、自分の教育が間違っていたことを認めたらどうだ。往生際の悪い」

どのセリフが誰の言ったものなのかがわかったところで、大した意味はない。
重要なことは、口々に非難と抗議を言い立てる黄金聖闘士たちに、氷河が一言、
「ばーか」
と言った事実だけなのである。





(*)注   父子親あり、君臣義あり、夫婦別あり、長幼序あり、朋友信あり

孟子が説いた『人倫五常』。
『父と子の関係を可能にするのは親しみであり、君子と家臣の関係を可能にするのは義であり、夫婦の関係を可能にするのはけじめであり、年長者との関係を可能にするのは順序であり、友人関係を可能にするのは信頼である』の意。
孟子は、この人間関係の不変の秩序を守ることによって、人がより良く生きることができると唱えた。
この話の中の氷河は人倫五常の教えを踏みにじっているが、おそらく登場人物中、最も幸せなキャラである。



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