らしくもなく仲間の前で項垂れている星矢を、瞬はしばらく無言で見詰めていた。 「あのね、星矢」 それから瞬は、困ったように小さな溜め息を一つ洩らした。 「人間は本能が壊れた動物なんだって」 「氷河なんて、本能だけでできてるじゃん」 瞬が何を意図して急にそんなことを言い出したのかは測りかねたのだが、とりあえず星矢は、自分の思うところを口にした。 瞬が、ますます困ったように苦笑する。 「氷河と僕のその……それは、本能でしてるんじゃないの。本能でするっていうのは、人間以外の動物が種の保存のためにすることを言うんだよ。逆に言えば、人間以外の動物は生殖のためにしか性交をしなくて、でも、人間は違う」 「じゃあ、何なんだよ !? 」 星矢の声が苛立っていたのは、瞬にではなく氷河にでもなく自分自身に――氷河と同じように、瞬の意思を無視してしまった自分自身に立腹していたからだった。 「まさか、愛だの恋だののためだなんて馬鹿げたことを言い出すつもりじゃないだろうなっ」 氷河の“それ”は絶対に違うと、星矢は思っていた。 氷河の言動には、瞬への思い遣りというものが、かけらも感じられない。 思い遣りや優しさを含まない愛情など、この世に存在するはずがないのだ。 機先を制したはずの星矢の訴えは、だが、瞬によってあっさり肯定されてしまった。 「どうしてそれが馬鹿げてるの。愛って、本能が壊れてしまった人間が作りだした、人類史上最高の発明品だよ」 「…………」 それで、星矢は、それ以上何も言えなくなってしまったのである。 「それに――」 不服そうに黙り込んでしまった星矢を見て、瞬が両の肩をすくめる。 ほんのりと頬を染めて、瞬は、まるで星矢をなだめるような口調で、言葉を続けた。 「好きな人と一緒にいて、見詰め合って、キスして、肌を触れ合って、抱きしめ合うのって、それはとっても気持ちのいいことだよ。どうして、僕がそれを嫌がってるなんて思ったの」 「だ……だって、立てねーくらいにさ……」 瞬がそうだと言っているものを、他人が違うと言い張ることはできない。 無駄な抵抗と知りつつ、それでも星矢は言わずにいられなかった。 「それは……僕も氷河も、お互いに甘えちゃってるだけで、ほんとは僕はちゃんと立てるし、氷河もその気になれば、ちゃんと加減ができて――」 「加減などできないぞ、俺は」 横から口をはさんできた氷河の 声も出さずに顔を歪めた氷河を、瞬は詰責した。 「氷河も、少しは弁解するとか抵抗するとかしたらどーなの!」 「こいつらは俺を殺しはしないだろうし、俺がズタボロになったら、おまえが手当てしてくれるだろう? それが楽しみだったからな」 「そんなことで……。もう、氷河の相手なんかしてられない!」 公衆の面前で堂々と痴話喧嘩を繰り広げてみせる瞬と氷河に、星矢は未練がましく――彼らしくもなく――ぼやいた。 「でも、氷河はやりたい放題で、瞬の気持ちも無視して……」 「僕が望んだことだよ」 「あんなこと、瞬がほんとに望んでんのかよ」 「そうだよ」 「でもさ……!」 「星矢」 瞬の声音が一瞬、険しくなる。 無論、それは、すぐに、優しく穏やかな、いつものそれに戻ったが。 「僕は、氷河が好きなんだよ」 「…………」 瞬にそう断言されてしまっては、第三者にはもはや何も言うことはできない。 星矢には何も言うことができなかった。 |