「で?」
目を丸くして、星矢は、その後のことを尋ねた。

氷河の報告は、淡々とした調子で続けられる。
「とっ捕まえて、警察に引き渡してきた。どこぞの大企業の部長クラスの男だったぞ。常習犯だったらしくて、ちょうど囮捜査の警官が同じ車両に乗りあわせていたんだ。現行犯逮捕だな。囮の婦人警官には目もくれず、瞬に狙いを定めた慧眼は褒めてやらないでもないが、とりあえず強制猥褻罪で、6ヶ月以上7年未満の懲役に服することになった」
「…………」

氷河の報告に、星矢と紫龍は、実は呆れかえっていた。
ここまでお約束の筋書き通りに事が進むとは、さすがの星矢と紫龍も全く考えていなかったのである。


「ひどい、ひどい、ひどいっ! あんなの許せないっ! 痴漢なんて下劣な犯罪者は、地球上から抹殺すべきだよ!」
「ああ、もう泣くな。あの人類の敵は、これで地上から抹殺されたようなもんだから。無駄に社会的地位があっただけに、猥褻罪での現行犯逮捕のダメージは大きいはずだ」

自分に拳を向けてくる敵をも許す心優しいアンドロメダの聖闘士も、自分を下品な犯罪の標的に選んでくれた男を許す気にはなれないらしい。
怒りに肩を震わせ泣きべそをかいている瞬の肩を抱き寄せて、氷河は懸命に瞬をあやし、慰撫する仕事に励んでいた。

星矢と紫龍は、実は、二人のその様子にも呆れ果てていたのである。

「お約束通りに痴漢に遭って、氷河に泣きついて、氷河はそれを慰めて――かよ」
「“完全無欠の受け”への道、まっしぐらだな」
「お姫様抱っこで帰ってこなかったとこが、唯一の救いかも」
「どっちにしても、それは天秤宮で既にやっているからな」

やおいは、筋書きのあるドラマである。
星矢と紫龍は、今更ながに、それを思い知ったような気がしていた。

「でもさ、何のかんの言ったって、攻めの方が色々と苦労が多そうじゃん。受けで何の不満があるんだよ、瞬の奴」
「まあ、男の沽券というか何と言うか――があるんだろうな」
「そんな食えもしないもんに、瞬が・・こだわってもなー……」

アテナの聖闘士の中で、最もそれ・・にこだわっているのは、実は星矢その人である。
紫龍は、星矢のその発言に、微妙な偏見を感じとっていた。

「ほら、顔、洗ってこい。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「うん……」

氷河に促された瞬が、ごしごしと目をこすりながら、ラウンジを出ていく。
『可愛い』と言われることに抵抗を覚える余裕もないほど、瞬は、今回の事件がショックだったらしい。
その後ろ姿は、痛々しいほど沈みきっていた。


「お疲れ〜。まあ、何にしても、女の敵をひとり退治できたんだから、良かったじゃん。結果オーライってやつだよな」
「痴漢退治、ご苦労だったな」
気の毒な受けであるところの瞬を見送った星矢と紫龍が、苦労の絶えない攻めであるところの氷河に、ねぎらいの言葉をかける。

「……ん、まあな」
氷河は、そんな二人に、意味ありげな含み笑いを向けてきた。






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