「その笑いは何なんだよ?」

氷河の忍び笑いを見咎めて尋ねた星矢に、氷河が、
「いや、例の痴漢、実は瞬には触ってなかったんだ、まだ・・
――と、実にあっさり言ってのける。
星矢と紫龍は、氷河のその言葉に目を剥いた。

「ど……どーゆーことだよ、それ !? 現行犯逮捕されたんだろ、その痴漢野郎は !? 」
責めるように星矢に問い質されても、しかし、氷河は顔色ひとつ変えなかった。

「あの下種げす野郎が瞬を狙っていたのは事実だぞ。だが、俺がついているのに、まさか瞬を痴漢の被害者にするわけにはいかないだろう。だから、奴の下卑た手は俺が阻止して、瞬には、奴の代わりに俺が触ってやったんだ。瞬が痴漢が出たと泣きついてきた時に、奴を犯人だったことにして、警察に引き渡してきた」

氷河には、自分もまた犯罪を犯したのだという意識は、全く無いようだった。
あまりのことに絶句している星矢と紫龍に、氷河は、むしろ楽しそうに言ってのけた。
「ああいうところで、ああいう行為に及ぶのは、なかなかスリリングだな。自分が痴漢の被害にあっていると言いたくなかったらしくて、瞬が必死に我慢してみせるもんで、つい興が乗ってしまった。赤くなったり、泣きそうになったりして、えらく可愛かったぞ」

「…………」
「…………」
星矢と紫龍の目の前にいる犯罪者は、悪びれた様子もなく、実に堂々としている。
二人は、氷河の採った超法規的措置を知らされて、痴漢撲滅運動の難しさをつくづく思い知ることになった。






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