「氷河っ!」
「……なんだ」
瞬が怒声を響かせる訳は、氷河も重々承知している。
両の肩を落とし、神妙な顔で、氷河は瞬の叱咤を受け止めた。

「その変なもの、外してっ! すぐに外して! 氷河は誤解してるよ! 勘違いしてる!」
「誤解?」

力無い語調で問い返してくる氷河を見て、瞬が眉を吊り上げる。
「そーだよ、誤解! あのねっ! 僕が氷河の目を見てわかるのは、氷河がしたがってるかどうかじゃなくて、したがってないかどうかなのっ! だいたい、1日24時間中23時間45分いつもその気満々のくせして、下心見透かされるも何もないでしょっ!」

「1日24時間中23時間45分って、俺はそんな年がら年中発情してるわけじゃ……」
反論していいのかどうかを迷いつつ、一応気弱に、反駁してみる。

途端に、瞬の眉根が悲しげに歪み、瞬の声は切なげ かつ 微妙に媚びたものに変わった。
「嘘……。氷河、ほんとに今、したくないの?」
猫が甘えるような仕草で、瞬にしなだれかかられた氷河が、つい鼻の下を伸ばす。
「おまえがしたいなら、俺はいつでも喜んで……」

「ほらっ!」
氷河のその答えを聞くや、瞬はすぐに元の通りに眉を吊り上げた。

氷河が慌てて、自己弁護に走る。
「そ……それとこれとは別だろう。俺はおまえの期待には応えたいから、しぶしぶそう言っただけで──」

「そんな……。じゃあ、今のも無理に言ってくれただけなの? 僕、今とってもそういう気分だったのに……」
瞬が瞳を潤ませて、再度、上目使いに氷河の顔を覗き込む。
当然氷河は張り切って、
「すぐ、おまえの部屋に行こう!」
と答え、
「ほらね!」
と、再び瞬にしっぺ返しを食らった。

二度、全く同じ手に引っかかる氷河も氷河である。
しかし、まあ、1週間の禁欲生活を余儀なくされていた今の氷河の状態を鑑みるに、彼の反応は致し方ないものだったろう。
しかし、瞬は、そんなことでは情状酌量に及ばない。
瞬の攻撃は熾烈を極めた。

「あのねっ! 氷河のそれには、3つのパターンがあるんだよ!」
瞬は、いよいよ論告求刑に入ったらしい。
被告人氷河は、威儀を正して拝聴するしかなかった。

「心配事や悩み事があったり、体調が悪かったりするせいで、絶対したくない時、できない時が5パーセント、とにかくしたくてしたくて我慢できない時が5パーセント!」
「……あとの90パーセントは?」
「あとの90パーセントは、普通にしたい時だよ。イコール、僕の意思を優先してくれる時!」

「95パーセントがしたい時か。健康的で結構だな」
瞬の論告に、紫龍が感心したように呟く。
もちろん紫龍は、
『1日の95パーセントが“したい時”なら、氷河の発情時間は23時間45分ではなく、22時間48分なのではないか』
などという、無意味な突っ込みをしないだけの分別をちゃんと持ち合わせていた。

「僕は見透かしてるんじゃないの。氷河が好きで、気になるから見てるの。いつも見てるから、わかるの。ただそれだけ。それって、氷河には気分の悪いことなのっ !? 」

「あ……いや、その……そんなことは……ない……」
ここで男の沽券や股間の話を再び持ち出すほど、氷河も馬鹿ではない。

「なら、そんなマスク外して! 今すぐ!」
当然のことながら、氷河は瞬の命令に従わざるをえなかった。
そして、氷河は、なんと2週間振りに、その仮面を外したのである。

「うん。せっかく綺麗な目してるんだから、隠してるのはもったいないよ」
聞き分けがよくなった氷河を見て、瞬が表情を和らげ、にっこりと笑う。

おかげで氷河は、その夜、“いい子”になったご褒美を、瞬からたくさん貰うことができたのだった。






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