翌朝、実にすっきりした顔でラウンジに下りてきたのは、むしろ瞬の方だった。

戦いというものは、結局、勝者と敗者の双方を傷付けるものである。
長い戦い(=夜の生活拒否)は、瞬にも少なからぬ苦痛を与えていたものらしい。
戦いに身を投じた時点で、結局人は誰もが敗者なのだ。

「しかし、本当に氷河は、何と言うか……わかりやすいんだか、わかりにくいんだか、よくわからん男だな」

紫龍のぼやきを、瞬が、笑顔で受け止める。
「でも、氷河はそこが可愛いの」
「可愛い、かー? あれがー?」
惚れた欲目にしても、随分と上等・・の形容詞である。
夜の生活解禁に機嫌を良くしていた瞬は、星矢の疑問形にも笑顔で頷いた。

「うん。でも、あれで、ほんとは、目だけじゃなく、右手の人差し指見てるだけでも、氷河の切羽詰まり具合いがわかるなんて言ったら、氷河、いったいどうするんだろーね」
「わかるのか?」
どうやら、上機嫌が瞬の口を滑らかにしている──ようだった。
星矢に尋ね返された瞬は、相変わらず明るい笑顔で──そして、無思慮に──もう一度こっくりと頷いた。

「うん。氷河、癖があるんだよね。自分では気付いてないみたいだけど。切羽詰ってる時には、人差し指が第一関節からカクンって曲がるんだ。あと、声でもわかる。ラ行が巻き舌になるから。肩の角度でもわかるし、歩き方でもだいたいわかるかな」
「おい、それってまるで──」

「氷河は全身が股間か!」

紫龍のその言葉を聞いた星矢が大爆笑する。

あまりにも的確に過ぎるその表現に、瞬は口を尖らせた。
「失礼なこと言わないでよ! 言ったでしょ、好きだからわかるんだって」

瞬は、一応、最初はそう言って、氷河の弁護に努めていた──のである。
が、やがて、その瞬の口元にも苦しい笑いが刻まれ始めた。

「いや、それはよーくわかったが、それにしても氷河の奴、わかりやすいというか、何というか──」
「全身股間男―っっ !! 」
星矢の再度の大爆笑に、結局、紫龍と瞬は、それ以上我慢することができなかった。

星矢に続いて紫龍、紫龍につられて瞬までが、辺りをはばからない大声で笑い出し、城戸邸のラウンジは青銅聖闘士たちの笑いの渦に包まれることになってしまったのである。

彼等の爆笑は、なかなか止みそうになかった。
笑いに笑って更に笑っても笑い足りず、最後には笑い続けることの苦しさに悶死しそうになるまで、彼等は笑い抜いた。


笑うことに夢中になっていた瞬たちは、故に、気付かなかったのである。
噂の全身股間男がラウンジの扉の前に立って、仲間たちの嘲笑に全身をぶるぶると震わせていたことに──。






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