精密検査のために、瞬は、とりあえず、グラード財団の経営する医療センターに収容されていた。 記憶が失われている他には、特に外傷もなく、ベッドの上の瞬は至って元気そうだった。 至って元気そうな様子で、病院のベッドに身体を起こしている瞬が、至極不安そうに、彼の病室を訪れた氷河に尋ねてくる。 「あなたは……どなたですか」 「…………」 本当に、瞬は、仲間のことを忘れてしまっているらしい。 不安の色はあっても、それ以外の感情が──たとえば、仲間への親近感や、闘うことに生きる目的をおいているような仲間たちへの切ない思い──いつの時も瞬の瞳にたたえられていたあの色が、今の瞬の瞳には、かけらほどにも見いだせなかった。 「俺がわからないのか」 「あなたも、聖闘士とかいう、僕の仲間なんですか」 紫龍か星矢によって、既におおよそのことは説明済みのようだった。 人から教えられた自分自身の歴史を、瞬は、自分のものとして、全く実感できていないようだったが。 「……そんなんじゃない」 氷河にとって瞬は、そんなものでいてほしくない存在だった。 「違うんですか? じゃあ、え……と、普通の友だち……か何かだったんでしょうか?」 「俺がおまえの友だちだと……?」 記憶を失った瞬のその言葉は、ひどく氷河を苛立たせた。 自分が瞬の仲間でしかないという事実にも、瞬に“普通の友だち”呼ばわりされることにも、氷河は不快感を覚えた。 「ち……違うんですか」 さほど感情を 見知らぬ人間の、理由のわからない不機嫌。 今の瞬にとって、氷河の立腹は、そういうものでしかないのだ。 それが怒りのせいだったのか、あるいは、これまで鬱積していたものが表出してしまったせいだったのか──。 氷河は、自分がなぜそんなことを言ってしまったのか、わからなかった。 だが、氷河は、我に返った時には、言い終えてしまっていたのである。 「おまえは俺の恋人だったんだ」 ──という言葉を。 「えっ?」 瞬が、その言葉に驚いて、瞳を見開く。 瞬が何に驚いたのかも、氷河にはわからなかった。 目の前にいる男が自分の恋人だということになのか、恋人に出会っても何も感じない自分自身になのか。 記憶が失われたからといって、瞬が自分の性別まで見失っているはずはない。 同性に、突然そんなことを言われてしまったら、健常者でも驚くだろう。 氷河が口にしたのは、そういう言葉だった。 「あ……あの、それ、本当ですか」 「ああ」 一度口にしてしまった言葉を、即座に否定するのもおかしなことである。 確認を入れてくる瞬に、氷河は浅く頷いた。 そんなことを言ってしまった自分自身に、胸中で困惑しながら。 「…………」 随分と長いこと、瞬は、自分の恋人だという男を、無言でじっと見詰めていた。 やがて、青白い瞼を力なく伏せて、 「す……すみません。思い出せません……」 と、謝罪の言葉を口にする。 しかし、瞬は、氷河のその言葉を嘘だとは思わなかったらしかった。 |