「おまえ、瞬に、おまえが瞬の恋人だったって言ったんだって?」
氷河に1時間ほど遅れて、瞬の見舞いから帰ってきた星矢が、不機嫌そうにラウンジのソファに腰をおろしていた氷河に尋ねてくる。
星矢の口調は、決して氷河を非難するそれではなかった。

が、氷河の返答は、自然に弁解がましいものになる。
「……嘘をついたわけじゃない。『片思いの』と言わなかっただけだ」

氷河の詭弁に、星矢と紫龍は互いの顔を見合わせた。
だが、自分の言動を、彼等にどう思われようと、氷河にはどうでもいいことだったのである。
問題は瞬、なのだ。
瞬にどう思われるか、だった。

一瞬間だけ躊躇してから、氷河は、彼の仲間たちに尋ねた。
「それは嘘だと……瞬に言ったのか?」
「言ってないけどさぁ……。瞬の奴、『あんな綺麗な人が信じられない』とか言って、ちょっと嬉しそうにしててさ。違うって言えなかったんだよなー」

「嬉しそう?」
星矢が、人差し指で鼻の頭をこすりながら告げたその言葉に、当然、氷河は、意外の感を抱くことになった。
瞬が『そんなこと、信じられない』と言っていたというのなら、それこそが、氷河にも納得できる反応だった。
見知らぬ同性からの、突然の恋人宣言を喜ぶ人間は滅多にいないだろう。

しかし、星矢は、氷河に頷いた。
「コイビトの方が、オトモダチより親身になってくれるって思ったんじゃないのか? コイビトの方が、オトモダチや仲間なんてのより、自分を必要としてくれてるって思えるだろうし、それって嬉しいことなんじゃねーの? 記憶を失ってない人間にでもさ」

「本当のことを、言わないでいてくれるのか」
我知らず、口調が、星矢の出方を伺うそれになる。

星矢は、氷河に、両の肩をすくめてみせた。
「まぁ、特に問題がないのなら……。おまえの片思いも長かったし、一輝とは連絡つかねーし、瞬が不安なままでいるよりはいいだろ。瞬も甘えやすいだろうしな。命懸けの闘いを共にしてきた仲間──なんて、物騒なモノより」
なかなかに切ないことを、軽妙な能天気さと共に、星矢が言う。

その星矢の脇から、それまで星矢と氷河のやりとりを聞いているだけだった紫龍が口をはさんできた。
「記憶が戻った時に、記憶を失っていた間の記憶を失うということも、ごく稀にはあるそうだぞ。そして、瞬が記憶を取り戻すのは、明日かもしれない。無論、永遠に戻らないこともありえるが……そのあたりのことを、よくよく考えて、慎重にな」
嘘をつくなら、色々なことを覚悟して嘘をつけ──と、それは、どうやら紫龍の忠告らしかった。

「…………」
星矢と紫龍は、氷河にとっても、命懸けの闘いを共に闘ってきた仲間である。
彼等が、彼等の仲間を裏切ることは決してないだろうという信頼を、氷河は二人に抱いていた。
しかし、氷河はこれまで、彼等と、“嘘”を大目に見てもらえるような甘ったるい付き合い方をしてきたつもりはなかったし、自分から進んで彼等に打ち解けようと努めたこともない。
さほど親切にしてきたつもりも、親しんできたつもりもなかった。

だというのになぜか、星矢と紫龍は、氷河の嘘に協力的である。
氷河は、無論、それを奇妙に思わなかったわけではない。
彼等は、おそらくは、その嘘が今の瞬のためになると考えているのだろう──と思うことで、だが、氷河は自分を納得させた。

「ああ」
そして、氷河は、仲間たちの忠告に頷いたのだった。






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