それから数日後のある夜。
就寝前に、いつも開け放してある自室とベランダの間のガラス扉を閉じようとした氷河は、冷たい夜の庭に、瞬の姿があるのに気付いた。

「瞬……?」
何かあったのかと胸騒ぎを覚え、急いで庭に回った氷河の姿を認めた瞬が、泣きそうな眼差しを彼の“恋人”に向けてくる。
瞬は、そして、抑揚のない声で、ぽつりと言った。
「夢──人を殺してる夢を見た」

「……!」
瞬にそう言われた時、氷河は初めて、自分自身ではなく瞬自身のために、瞬に記憶を取り戻さないでいてほしいと願ったのである。
今の瞬に、そんな闘いの記憶は辛いだけのものに違いないのだ。

「信じてなかったんだけど、ほんとだったのかな。僕が、人を──」
「瞬」
その先の言葉を瞬に言わせたくなくて、氷河は、まるで途方に暮れている迷子のような瞬の細い身体を抱きしめた。

氷河の胸の中で、瞬が、ほうっと小さく溜め息を漏らす。
それから、瞬は、くぐもった声で、氷河の胸に呟いた。
「氷河の部屋に──行こうかと思ったんだけど、あの……図々しいかなって思って……」
「…………」

信頼しているはずの仲間に対してさえ、不思議に遠慮がちなところは、記憶を失う前も、失ってからも、瞬はまるで変わっていない。
そのくせ瞬は、人に遠慮されることは悲しむのだ。

「不安なら、一緒にいてやる」
「い……いいの?」
“恋人”の恋人らしい言葉に、ぱっと、瞬の表情が明るくなる。

言ってしまってから、氷河は後悔した。
幾分明るさを取り戻した様子の瞬が、その変化の後に続けて口にした言葉を聞いて。
「氷河、ありがとう! ひとりじゃ眠れそうになかったの……!」

一緒にいるとは言ったが、一緒に眠るなどとは、一言も言っていない。
言っていないのに、まるで飼い主に『よし』をもらった子犬のように、瞬は氷河の部屋についてきて、そして、氷河のベッドに潜り込んでしまったのだった。






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