「瞬、おまえ……」
「あ……」

嘘をつき慣れていない瞬には、星矢か紫龍に聞いていたのだと言って、その“失言”を取り繕うことすらできなかったらしい。
自分の失言を失言と認めて、瞬は頬を青ざめさせた。

「おまえ──記憶を失っていたんじゃ……それとも、まさか、記憶を失っていたというのは嘘だったのか……?」
そんな嘘をつくことで、瞬が得るものは何もない。
氷河が瞬にそういう言い方をしたのは、だから、瞬を咎めるためではなく、ただ事実を確認するためだった。

瞬は、しかし、それを責められているものと誤解したらしい。
「う……嘘じゃないよ! ほんとに忘れてた……! 僕、思い出しただけ。ただ……思い出したことを言いにくくて……言いたくなくて──」
知られたくない秘密をあばかれてしまった罪人つみびとのように、瞬の口調は言い訳めいていた。

「いつ」
驚くことも憤ることも思いつかないまま、氷河は瞬に尋ねた。
瞬が、いたたまれないような仕草で瞼を伏せる。

「あの……氷河と、初めて そういうことした夜」
「…………」
瞬の答えを聞いて、氷河はとりあえず、“驚く”という行為を思い出すことができた。
では、瞬は、あの夜からずっと、氷河の嘘を嘘と知りつつ、恋人でいる振りを続けていた──というのだろうか?
ハートランドを失った不安は、既に霧消していたというのに──?

なぜ瞬がそんなことをしたのか、そんなことを続けていられたのかが、氷河には理解できなかった。
もしかしたら、それは、嘘をついてしまった仲間を責めないためだったのかもしれないと思い、だが、そんなことのために、人は恋人でもない相手と同じ夜を過ごし続けることに耐えられるものなのなのかと、疑う。
氷河には、瞬の気持ちがまるでわからなかった。

「失った記憶を取り戻させるほど、氷河のそれが強烈だったわけか?」
互いに黙り込んでしまった偽りの恋人同士の間に、妙に能天気な紫龍の声が、ふいに割って入ってくる。
仲間のからかいに、瞬は頬を真っ赤に染めた。

微妙に深刻な空気が薄れたラウンジで、氷河は何とか気を取り直した。
「……なぜ言わなかったんだ」

あの夜には既に瞬の記憶が戻っていたというのなら、瞬が記憶を失っていたのは、ほんの4、5日の間だけだったということになる。
その数倍の日々を、瞬は、氷河の嘘を嘘と知りつつ過ごしてきたということになるのだ。

「だ……だって、僕は……!」
氷河に問い質された瞬が、切なげに眉根を寄せ、身悶えるようにして叫ぶ。
「だって、僕は、ずっと氷河のことが好きだったんだよ! このまま、記憶を失った振りを続けていれば、氷河がずっと僕の側にいてくれるかもしれないのに、どうしてまたひとりに戻らなきゃならないようなことを言わなきゃならないの!」

──瞬は、ハートランドの話をした時には既に、すべてを思い出していた。
あの時、瞬は、自らの大切なものを忘れていられた自分自身を悔やみ、不思議に思って、あの言葉を呟いたのだった。






【next】