「おい、瞬っ! どーしてそーなるんだっ!」

「え?」
瞬は、ふいに降ってきた氷河の大声に驚いて、瞳を見開いた。
氷河が、その瞬を紫龍から引きはがす。
それから、彼は、もう一度、瞬を怒鳴りつけた。

「どーして、おまえが紫龍に抱きついていくんだ!」
「ど……どうして……って、この子を助けてくれたから」
「俺が言いたいのはそういうことじゃないっ!」
「?」

瞬にとって、それは純粋に感謝の抱擁だった。
故に、瞬には、氷河の激怒の訳がわからなかった。
無用な闘いに巻き込まれてしまった少年も、噂に聞くアテナの聖闘士の怒声に目を剥いている。

氷河とて、瞬のその行動に他意がないことくらいはわかっていた。
故に、氷河はむしろ、瞬が自分の憤りの訳を理解していないことに腹を立てていたのである。

「そこのガキっ! とっとと家に帰れっ!」
とばっちりを食って氷河にがなりたてられた少年が、氷河の剣幕に弾かれるように、その場から飛びすさる。
そして、彼は、自分のために窮地に陥った聖闘士と自分を悪者から救い出してくれた聖闘士、それから、自分を不機嫌そうに睨みつけている聖闘士とを、交互に見比べた。
結果、彼は、ここから即座に逃げ出すことを決めたらしい。
少年は、礼も謝罪も口にしないまま、まるでつむじ風のように素早く、アテナの聖闘士たちの前から走り去った。


「……災難だったな、あの子にも、おまえにも。子供を人質に取るなどとは、30年前のショッカーのやり口だ」
氷河の怒声から逃げ出した子供の背中を見送って、苦笑交じりに紫龍が瞬に言う。
すまなそうな目をして無理に形ばかりの笑みを作った瞬の横で、氷河は自分自身の不機嫌を更に募らせていた。

「あんなガキの一人や二人、俺にだって助けられた」
彼がそうしなかったのは、瞬が名指しで紫龍に子供の救助を頼んだからである。
瞬が何も言わなかったなら、氷河は瞬の求めていることを察し、紫龍と共に敵を追いかけていたはずだった。
その果てに、瞬の抱擁つき感謝が得られるとわかっていたら、なおさらである。

「うん、そうだね。……多分」
瞬が、機嫌を損ねている氷河をなだめるように言う。

「『多分』というのはどういう意味だ」
氷河に問い返されてから、瞬は、自分が余計な一言を口にしてしまったことに気付いた。
慌てて、言葉を継ぎ足す。
「怪我してたし……僕、ここに一人で残されるのは心細かったんだよ。氷河に側にいてほしかったの」

「…………」
どう考えても、それは見え透いた嘘だった。
聖闘士が、闘いの場で一人になることを恐れたりするはずがない。
アテナの聖闘士たちは──特に、青銅聖闘士たちは──たとえ一人で闘っていても、いつも自分が一人ではないことを知っているはずなのだから。

だが、氷河の中に、彼にとってはどうでもいい子供を追うことより、怪我を負った瞬の側にいたいという気持ちがあったことは紛れもない事実で、氷河もそれは認めざるを得なかった。
「──俺もそうしたかったが」

それでも、『だが、こんなにおいしい褒美があるのなら、俺はそれを自分のものにしたかった』というのが、氷河の本音だった。
氷河にそれを口に出させなかったのは、瞬の、
「ありがと、氷河」
という言葉。

しかし、氷河は納得しきれなかった。






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