「へ?」
「ああ、そういうことか」
「どういうことだよ?」
氷河の不機嫌の訳を理解した紫龍が頷き、相変わらず理解できないままの星矢が説明を求める。
紫龍は、察しの悪い仲間のために、口を開いた。

「氷河は、愛と信頼なら、愛の方がお手軽だと言っているんだ。愛されるだけなら、ガキでもできる。だが、信頼というのは──裏切られるかもしれないという不安を克服したところに生まれるものだからな」

紫龍の言う通りだった。
氷河の不快の原因は、
「瞬は、俺をガキ扱いしているんだ」
──という、その一事に尽きていた。

苛立った口調の氷河に、瞬がまた溜め息を漏らす。
「そんなことで駄々をこるねるなら、子供扱いされても仕方ないでしょう」

瞬の言葉に、氷河はムッとなった。
氷河は、瞬の口から、自分の不快の原因を否定する言葉が発せられることを期待していたのだ。

期待を裏切られた氷河が、掛けていたソファから無言で立ち上がる。
そのまま、乱暴な足取りで、彼はラウンジを出ていった。


「もう……」
氷河にあまりにも子供じみた態度を示された瞬が、疲れたように両の肩から力を抜く。

「で? ほんとにガキだと思ってるのか?」
紫龍にまで、そんなことを尋ねられて、瞬は困ったような顔になった。
その後で、微かな苦笑を作る。

「氷河って、信用できないわけじゃないんだけど、信頼されるよりだったら、愛されるために存在するタイプの人間なんだよね。駄々こねても可愛い」
「…………」

これは結局ただの痴話喧嘩に過ぎないのかと、紫龍が肩をすくめた時、たった今機嫌を損ねて部屋を出ていったはずの氷河が、再びぬっと仲間たちの前に姿を現した。
そして、彼は、憤怒の言葉を重ねるでもなく、無論、謝罪の言葉を口にするでもなく、ぶっきらぼうに、
「瞬、寝る」
とだけ言った。

「はいはい」
瞬が苦笑して、座っていた籐椅子から立ち上がり、不機嫌が持続しているらしい氷河の側に歩み寄る。

そんなふうに唐突な要望が通ってしまうのが、氷河の人徳のせいとは思えない。
瞬が氷河を子供扱いしているのは事実なのかもしれないと、紫龍は思った。






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