それでもまだ少し、子供の気分が残っているらしい氷河の腕に額を押しつけ、瞬は、氷河の裸の胸に指を這わせた。 そこは、まだ僅かに汗ばんでいた。 氷河の身体の匂いが、今ではすっかり瞬と同じものになっている。 人は、匂いを好きになれない相手と身体を交えることはできないのではないかと、瞬は時折考えることがあった。 氷河自身と氷河の匂いのどちらを先に好きになったのだったかを、瞬は既に憶えていなかったが。 彼の雪の匂いが、瞬は好きだった。 だから、瞬は、いつまでも氷河を拗ねさせたままにしておきたくはなかった。 「氷河を信じてないわけじゃないってば」 微妙な言い回しで、瞬は氷河に告げた。 「僕は、氷河を信じていないわけじゃない。裏切られても、ずっと好きでいるって言ってるの。多分、それは死ぬまで変わらないよ。それだけじゃ不満?」 「…………」 いつまでも子供のように拗ねたままではいられない。 ──と、実は、氷河も思ってはいた。 自分から瞬に触れないことで、多少の意地を示しながら、それでも氷河は頷いた。 「おまえが、ずっと俺の側にいてくれるのなら、とりあえず、それでいい」 瞬が、氷河の返事を聞いて、ほっと小さく吐息する。 その吐息に胸をくすぐられながら、氷河は、自分を“信じてないわけじゃない”瞬の言葉を信じてしまえる自分自身を自嘲していた。 『愛している』『永遠に』『あなただけ』──。 恋人たちが、そんな言葉を繰り返すのは、その誓いが 愛に裏切りはつきもの。 信じられないからこそ、信じたくて、彼等はその言葉を飽くことなく繰り返す。 愛情と信頼は、ある視点から見れば、最も相反する観念なのかもしれなかった。 『多分、それは死ぬまで変わらないよ』 瞬のその言葉を信じてしまえる自分自身を、氷河は滑稽だと思った。 瞬は自分を信じてくれていないかもしれないのに、自分は瞬を信じてしまえるのだ。 これほど不思議で、これほど矛盾し、これほど辛いことが、他にあるだろうか。 |