瞬がやっと、躊躇を覚えずに氷河に話しかけることができるようになった頃。
数ヶ月ぶりに、オリンポスからの客人があった。
これまでにも幾度かエリシオンを訪れたことのある“神”で、ハーデスという名の黒髪の男だった。

オリンポスでも特に有力な神のひとり。
いつも黒い長衣を身に着けている彼は、白い壁の部屋の中では異様に強い存在感を示し、瞬は、彼を、氷河とは別の意味で『怖い』と感じることが多かった。
それは、決して他人に底意を見せようとしない者に感じる不気味さのせいだったかもしれない。

瞬は、彼がエリシオンにやってくる数日前、オリンポスに抗議の意を伝えていた。
だから、瞬は最初、彼の訪問を、人間界への攻撃の弁明をするために遣わされたオリンポス側の全権使節のそれだと思ったのである。

だが、彼は、瞬の前で、謝罪はもちろん、弁明の言葉さえ口にしなかった。
瞬がオリンポスの所業を責めると、彼は、ぬけぬけと、あれはただの気紛れだったと言ってのけた。
エリシオンと事を構えるつもりはないから悪戯はやめた──と、彼は笑いながら瞬に告げたのである。

瞬の抗議は、それでもオリンポスの人間界攻撃を中断させるほどの効力はあったらしい。
非を認めるつもりはなくても、無益な殺生はやめるつもりでいるらしいオリンポスに、瞬は安堵の胸を撫でおろした。






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