ハーデスの姿の消えたエリシオンの塔の部屋で、最初に氷河が口にしたのは、 「おまえは人間なのか」 という言葉だった。 その声音には、少なからぬ奇異の念が含まれている──ように、瞬には聞こえた。 「そうです」 「あの男もオリンポスの奴等も」 確かにそれは奇異なことではあったろう。 神と人間の根は同じものだということを知っている瞬でさえ、その二つを別物と意識するほど、神と人間の立つ位置は異なっているのだから。 「不死の者だと思ってました? 誤解です。下界にはない医療技術や薬品で寿命を引き伸ばすことができますから、人間たちよりは概ね長命ですが、でも、いつかは神も死ぬ」 「おまえも?」 「はい」 「おまえも死ぬのか、俺と同じように」 どういうつもりで氷河はそんなことを確かめてくるのかと、瞬は訝った。 見あげた氷河の瞳に、瞬の命を惜しむ色を見い出し、瞬は思わず瞼を伏せた。 「僕は……その時が少しでも早く来てくれることを願っていますが」 「なぜだ。おまえはこんなに若く美しいのに。自分たちの守護神がこんなに可愛らしい神だと知ったら、きっとみんな驚くぞ。俺は世界中の奴等に自慢してまわりたいくらいだ」 「え……」 時々、氷河は、瞬の心臓が跳ねあがるようなことを、実に無頓着に言ってのける。 彼に他意はないのだと、自身に言い聞かせはするのだが、瞬は、自分の胸が騒ぐのを止めることができなかった。 氷河の何気ない言葉のひとつひとつに一喜一憂してしまう自分が不思議でならない。 誰かに認めてもらうことを、そんなにも自分は求めていたのかと、切ない気分にもなった。 「……そうですね。もう耐えられない──のかな」 「何にだ。おまえは神だろう──いや、人間なのだとしても、他の人間たちよりずっと強大な力を持っていて、知らないことはなくて──この世界を滅ぼす力も持っている……んだろう?」 「ええ。そして、ひとりです」 「…………」 自分は人間と同じものだと言いながら、山を下りたところに住む者たちと交わる勇気はない。 どこまでも貪欲に自らの支配の拡大を計り、“神”であることの矜持にこだわり続けるオリンポスの神々たちとは、相容れない。 瞬は、正しく“ひとり”だった。 だが、それは── 「僕が選んだことですけど」 選んだのではない、選べなかっただけなのだと、自分自身の言葉を打ち消すもう一人の瞬が、瞬の中で叫んでいた。 だが。 氷河には、“神”のそんな勇気のなさは理解できないだろう。 だから瞬は、もう一人の自分の訴えを、口にはしなかった。 |