「俺は、おまえとは別のものか」
氷河が、そんな瞬に、重ねて尋ねてくる。
瞬が怖れているものが何なのかを察している口調だった。

すぐに答えを返すことができず、瞬は氷河にしがみついたままで、目を閉じた。
脳裏に思い浮かぶのは、ハーデスを切って捨てた時の氷河の姿と、血の色をした剣の鈍い輝き。

瞬は、氷河が怖ろしかった。
あの時の血の匂いと、自分自身の身体中の血が沸き立つ思いの記憶は、消そうと思って消し去れる類のものではない。
野蛮でたくましく、美しい生気に満ちた“人間”。
溢れほとばしるように鮮烈な力のイメージは、この力があれば、滅び行く種族を蘇らせることもできるのではないかと思えるほどに強烈で、その力に触れた時、瞬は気が遠くなりかけさえした。

「同じものだな?」

同じものかと問われても、今の瞬には、即座にそうだと答えることができなかった。
今の瞬は、ただの無力で孤独な神でしかないのだ。

“人間”は自分とは違うものだと怖れ、あるいは、無意識のうちに見下していた部分も、かつてはあったかもしれない。
滅びの予感を打ち消すことのできない“神”の世界。
その世界の中で、瞬は、様々なもの──人間たちにはない力を持っているというプライドや、父祖の思い、そして孤高でいること──に、救いを求めてみた。
だが、それらは、瞬に、生きる力を与えてはくれなかった。

そうして、瞬は諦めたのだ。
自分が強い存在でいることと、生き続けることを。


いつまでも返事を──彼が望むような返事を──返してよこさない瞬に苛立ったのか、氷河は、瞬が身に着けたばかりの衣服を剥ぎとって、前戯もそこそこに 瞬の中に侵入してきた。

「ああ……っ!」
瞬が、部屋の中に、掠れた悲鳴を響かせる。

氷河ならば諦めないのだろう──と、氷河に身体を揺さぶられながら、瞬は思った。
彼は、瞬に、きっと、生き続けろと言ってくれる。
そのための力も分け与えてくれるだろう。
それは、瞬にもわかっていた。

だが、滅びゆく時代の者が、勃興していく時代の者にすがり、彼の足手まといになることを、瞬は怖れていた。






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