ヘリの燃料も無限ではない。
いつまでも、その時を先延ばしにはできない。
瞬は、断腸の思いでその日、氷河に、エリシオンへの帰還の決意を告げた。

だが、氷河は、瞬の決死の覚悟を、にべもなく切り捨てた。
「ここにいろ。あんなところに一人で帰っても、ろくなことにならない」

氷河はそう言ってくれる──彼がそう言ってくれることを、その言葉を実際に聞く前から、瞬は知っていた。

「僕は──ここにいても、何もできない。きっと、氷河に頼るばっかりで、氷河の力を欲しがるばっかりで」
その上、たとえ生きるためにでも他の人間の命を奪うのはよくないなどと、氷河には理解できないようなことを言って、氷河を困らせるだけに違いない。
氷河が氷河らしくあるために、自分は彼の側にいない方がいいのだ──。
瞬は、自分自身に、そう言い聞かせていた。

なのに、そんなことを考えている瞬の心の一角には、どうして欲しいものを欲しいと氷河のように正直に言えないのか、どうして欲しいものを自分のものにするために、その手を伸ばそうとしないのかと訴える、“人間”の瞬もまた存在していたのである。

「何を言っているんだ。おまえは神だろう。神でないにしても、俺たちにはないものを持っている。何でも知っている」
「そんなことは、力でもないことを思い知ったから──。僕は、エリシオンにいるのでなければ、無力なただの子供でしかない」

氷河は、生きろと言ってくれる。
毎日氷河にそう囁いていもらえていたら、孤独な“神”にも生き続けることはできるかもしれない。
だが、氷河に頼り、すがり、彼の手で生かされているような生き方は、神としてでも人間としてでも、あまりに惨めすぎる。
瞬が生きたい生き方は、そんなふうなものではなかった。

「僕は、ここには──」
「いるんだ。今、あんなところに帰ったら、おまえは──」

そんな言葉を口にするのも腹立たしいというように、氷河はいったん声を途切らせた。
「数日を待たずに、死ぬだろう」
氷河は、残酷なほどにさとく、瞬の未来を見越していた。 






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