「瞬!」
瞬の部屋に赴いた氷河は、目いっぱい気負った口調で、瞬の名を口にした。

「……氷河」
振り返った瞬の眼差しは、つい先程出合ったそれと同じものとは思えないほど、元気がない。
瞬は──その原因が何なのか、氷河にはわからなかったが──ひどく意気消沈しているようだった。

「どうしたんだ」
気負いが、氷河の身体から抜けていく。
声音を気遣わしげなものに変えて、氷河が尋ねると、瞬は実にあっさりと、氷河を憤らせた“秘密”を、彼に白状してくれたのだった。

「僕、今日、僕と同い年だっていう女の子と知り合ったんだ」
「…………」

問い詰めてやろうと思っていたことを、いとも簡単に瞬の口から告げられた氷河は、一瞬、自分の進退に迷った。

瞬が、氷河の困惑に気付いた様子もなく、その事実の報告を続ける。
「人通りの多い駅前の歩道でコンタクトを落として困ってたから、一緒に探してあげたんだ」

「──見つからなかったのか?」
「コンタクトはね、道に落としたんじゃなくて、彼女の制服の襟に引っかかってて──ううん、それはどうでもいいの。それで、色々あって、すぐそばにあったお店に一緒に入ったんだ。氷河がさっき言ってた、新しくできたばっかりのカフェテラス」
「ふん?」

秘密でなくなった秘密は、氷河を立腹させ続ける力を失う。
しかし、それは、氷河にとっては相変わらず謎のままだった。
同年代の少女にカフェに連れ込まれたくらいのことで、瞬が落ち込むはずがない。
実際、瞬を落ち込ませたのは、そんな事実ではなかったようだった。

「話してたらさ、彼女、歳だけじゃなく、誕生日も僕と同じで──」
瞬がひとつ、大きな溜め息をつく。

それから瞬は、やはり消沈した様子で言葉を続けた。
「生まれた町も同じで、僕と同じように兄さんがひとりいて──それで、学校で赤点すれすれの答案用紙を返されて、くさってたところだったんだって」
「それがどうした」

それが氷河だったなら、そんなくだらない愚痴を聞かされた時点で、すっぱり切れて・・・いるところだったが、瞬はそういうタイプではない。
瞬は、同情心いっぱいで、そんな愚痴にも聞き入ってやるタイプの人間のはずだった。

氷河の怪訝そうな眼差しに気付いた瞬が、それ以上の前置きを省いて、結論を口にする。
「おんなじ町で、おんなじ日に生まれたのに、彼女は普通の女の子で、両親がいて、兄さんがいて、学校には友達がいて、取るに足りない不満はありそうだったけど、毎日が楽しそうで、それで……幸せそうに見えた」

それが、瞬の消沈の原因だった。
瞬の落ち込みの原因を知った氷河が、間髪を入れずに、瞬に尋ねる。
「誕生日が同じでも、おまえほど可愛くはないんだろう?」
「氷河、真面目に聞いて」

氷河が入れてきた茶々に、瞬は、どういう表情で相対すればいいのかを迷ったらしい。
迷ったあげくに瞬は、怒っているような笑っているような、それでいて泣きそうな──そんなふうな表情を作った。






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