「『アメイジング・グレイス』って、元は奴隷商人だった人が作った歌だよね」 「ああ」 「自分と同じ人間を奴隷として売り買いして、たくさんの人の人生を踏みつけにして──そんな汚れた私にも、神は救いの手を差し延べてくれた……って歌」 「…………」 瞬の首筋を辿っていた氷河の唇が、動きを止める。 瞬が辛いのは、平穏無事だったとは言い難い自分の境遇よりも、自分が人を傷付けるという経験を持たざるを得なかったこと──のようだった。 自分を、『アメイジング・グレイス』の詞を綴った罪深い奴隷商人と同じだと、瞬は思っているのだ。 「傷付け、傷付いたことのある人間だからこそ、傷付ける人間や傷付けられる人間を許し、思い遣ることができるんじゃないか」 「うん……そうありたいね」 そう言って頷く瞬の声は、まだ沈んでいる。 瞬は、至高の神ではないから、 そして、神ならぬ身の瞬は、自分自身を裁いて楽になることもできないのだ。 しかも、瞬がこれまで耐えてきた過去と同じ苦痛を、未来には経験せずにいられるという保証はどこにもない。 これまでも、瞬は、闘いを自ら望んだことは一度もなかった。 その上、瞬は、自身の未来を自身の意思だけで決めることすらできないのだ。 瞬のその不安と悲痛は、氷河にも消してやることのできないものだった。 そんな自分に焦れながら、氷河が、瞬の身体を、いつもの倍もゆっくりと、壊れ物を扱うように静かに、シーツの上に横たえさせる。 身体を重ね、真正面から瞬の顔を覗き込んで、氷河は瞬に告げた。 「俺にアメイジング・グレイスを与えてくれるのは、おまえだぞ」 「氷河……」 神の許しなどいらない。そんなものがなくても、人は生きていける──氷河は、暗に瞬にそう告げていた。 人は、自分の内にそれぞれに、自分の神を持っている。 その神を、氷河は瞬のために捨ててもいいと言ってくれているのだ。 自分が幸福なのか不幸なのかがわからなくなって、瞬はまた泣きたい気分になった。 泣いてしまわないために、唇を噛みしめる。 意気地のない仲間のためにそう言ってくれる氷河の青い瞳を、瞬は、切ない思いで見詰め返した。 瞬のそんな顔を見ているうちに、氷河の 瞬にはでき得る限り笑顔でいてほしいと願う心とは別の部分で、氷河は、こんなふうに傷付き苦しんでいる瞬が好きだった。 こういう瞬を見ていると、『欲しい』という気持ちが異様に高まり、氷河の 瞬も、氷河のそういう性向には気付いているらしい。 少し困惑したように、微かに頬を染め、瞬は、こころもち視線を脇に逸らした。 「ご……ごめんね。愚痴るつもりはなかったんだ。幸運な人たちを羨んだってどうにもならないことなのに、みっともないね。ごめんなさい」 「そうじゃない。幸運なのは俺たちの方なんだ」 「うん。そうだね。ごめんなさい」 『ごめんなさい』を繰り返し、それから瞬は氷河の背に腕をまわして、彼の唇と胸とを自分の方に引き寄せた。 |