あの少女と人生を取り替えるかと問われたら、『否』と答える自分自身を瞬は知っていた。 何があっても信じていられる仲間たち。 裏切りに怯える必要のない仲間たち。 同じ苦しみを知っている仲間たち。 それは、平穏無事で順風満帆な人生をしか知らない人間には得難いものであり、決して失いたくないものでもあった。 「瞬」 「あ……何?」 瞬が身に着けていたものを取り去り、春だというのに冷たく強張っていた瞬の身体を解かすために動いていた氷河の手と唇が、ふいに瞬の上で動きを中断する。 陶然としかけていた瞬が我に返って、氷河の顔を覗き込むと、それは少しばかりの怒気を含んでいるようだった。 「おまえ、今、俺以外の奴のことを考えていただろう」 「え……」 身体はすっかり氷河に預けていたが、瞬の意識は、確かに、彼の“仲間たち”の上にあった。 氷河の鋭いクレームに、瞬は僅かに身体を縮こまらせた。 「こういう時は──」 「わかってる。氷河のことだけ考えてるのが礼儀なんでしょ」 「そうだ。だいたい、おまえはいつも──」 文句を続けようとした氷河を、瞬はキスで遮った。 今 氷河の機嫌を損ねることは得策でないことを、瞬は──瞬の身体は──よく知っていた。 「たった今から、氷河のことだけ考えるよ」 「…………」 反省する時間をほとんど置かずに出てきた瞬のその言葉に、氷河が納得のいかない面持ちになる。 だが、氷河は、この場は瞬の反省の弁を、特別に受け入れてやることにした。 「ならいい」 そう言って、氷河は、瞬の内腿に手を伸ばした。 その瞬間に、瞬が忍び笑いを漏らす。 「何だ」 『氷河のことだけ考える』と言った側から笑われるのは、あまり気分のいいものではない。 氷河が、瞬の含んだような笑い声の意味を尋ねると、瞬は再び、今度は隠そうともせずに、氷河に笑ってみせた。 「考えてみれば、 「不公平?」 「氷河は僕の身体をその気にさせるのに一生懸命で、なのに、僕はいつもなーんにもしない。こういうのって普通じゃないんでしょ?」 「不公平なわけじゃないだろう。俺は、おまえに俺を受け入れてもらうために、おまえの身体をリラックスさせなきゃならないし、俺は──」 「僕が何もしなくても、いつもその気満々状態になってるもんね」 僅かに膝を動かして、瞬が氷河の問題箇所に触れ、からかう。 「氷河が簡単にこういう状態にならなくなったら、僕も氷河に色々したげるね」 「50年も先の話をしてどうする」 「そんなに先なの。そうなった時の氷河の顔、見てみたいのに」 「俺のことだけを考えてくれるのは結構だが、考えることに事欠いて、よりにもよってそういうことを──」 瞬が再度、唇で、氷河の唇の動きを封じる。 それから瞬は、真顔になって、氷河に告げた。 「そうなっても、僕は氷河が好きだよ。僕にアメイジング・グレイスをくれるのも、やっぱり氷河だから」 そういう相手に出会えたことこそが、 幸いなことに、アテナの聖闘士たちは、孤独な戦士ではなかった。 「…………」 瞬のその言葉を聞いた氷河が、微妙に顔を歪ませる。 瞬が氷河にくれた約束は、おそらく喜んでいいものなのだろうが、なぜか素直に喜んでしまえない氷河がそこにいた。 |