翌日、瞬は、前日のお誘いの履行を氷河に迫り、噂のカフェテラスに、渋る氷河を引っぱっていった。

『厄落としだよ』と言ってケーキをぱくついている瞬を眺めていた氷河が、手にしていたコーヒーカップをソーサーに戻そうとした時。
「わー、瞬ちゃん、偶然〜!」
店の入り口の方から、素っ頓狂な声をあげて、瞬たちのテーブルに駆け寄ってきた少女がいた。

「あ、昨日の──え……と、杏子さん……」
「やーん、杏子ちゃんて呼んでってば〜! へへ、瞬ちゃんもまたこのお店来たのね。ここのケーキめっちゃ美味しいもんね! 私もリピーター決定〜!」

(これが……)
これが瞬を落ち込ませるという偉業を成し遂げた大人物かと、妙な感心の仕方をして、氷河は、そのけたたましい少女の顔をまじまじと見やった。
確かに、おめでたそうな──言葉を変えるなら、邪気も屈託もなさそうな──目をしている。
星矢とは違う種類の素直さも備えているように見えた。

氷河が大人物の観察を一通り終えた時、彼女と似たり寄ったりの年齢の男が、慌てた様子で、彼女を追いかけてきた。
どうやら“杏子ちゃん”には、連れがいたらしい。

その連れを軽く無視して、幸せな大人物が、瞬の向かいの席に着いている氷河に視線を向けてくる。
それから彼女は、声のボリュームを落とすことなく、瞬に言い募った。
「ねっねっ。これって、瞬ちゃんの彼氏? ホンモノの金髪? すごいー、カッコいいー! ちょっと怖そうだけど、いいな、いいなー。ねっ、私のと とっかえない?」

「え……あ……あの……」
おめでたそうな少女に“これ”呼ばわりされることよりも、彼女の無礼極まりない提案を即座に拒否しない瞬の方に、氷河は少しく憤った。

テーブルを挟んだ向かい側で俯いている瞬の姿を見て、氷河がその理由を合点する。
彼女に完全に同性だと思われていることを氷河に知られた瞬は、その事実に恥じ入っていた──のだ。

「もー、世の中、ほんっとに不公平だーっ! あったまくる! あーん、ホンモノの金髪! いいな、いいな、羨ましいな〜っ!」
いたたまれない様子で瞼を伏せていた瞬が、いつまでも大声で喚き続ける少女に、段々と当惑の勝った表情になる。
瞬は、同性と間違われている自分自身よりも、むしろ、彼女の連れの方に同情を覚え始めていた。
元気すぎる少女の脇で、彼は、立場を失い、所在なげな面持ちで突っ立っている。

瞬を落ち込ませた大人物は、自分の連れの情けない顔に気付くと、再々々々(以下略)度、けらけらとかん高い笑い声を店内に響かせた。
「そんな顔しないでよー。すぐ落ち込むんだから! 冗談だってば、ゴロちゃん大好き〜。プリンパフェとイチゴのタルト奢ってくれたら、もっと好きー」

それは、考えようによっては、“取り替えっこ”の提案よりも一層侮辱的な言葉だったのだが、大人物の連れは、さすがに大人物である。
彼は、それを屈辱と感じた様子も見せずに、即座に“杏子ちゃん”にこくこくと頷いた。

「じゃあ、瞬ちゃん、またねー」
大人物とその連れが、あくまでもけたたましく、自分たちのためにセッティングされたテーブルに移動していくと、瞬はほっと安堵の息をついた。

「──どうだ? 俺を従えているのは、他人ひとに羨ましがられるようなことなんだぞ」
得意げに言う氷河に、瞬が、疲れきったように頷き返す。
「はいはい。氷河は、その存在自体が、僕にはもったいないくらいのアメイジング・グレイスです」

かなり投げ遣りにぼやいてみせる瞬に、氷河は失笑した。






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