事件と言っても、実はそう大したことではありません。
大したことではありませんでした。──最初の最初は。

『パトラッシュ、僕はもう疲れたよ』
に引き続いて、氷河に課せられた、
『クララが立った! クララが立った!』(← アルプスの少女ハイジ)
『おかあさん、いったいどこにいるの…… !? 』(← 母をたずねて三千里)
『さようなら、ラスカル……』(← あらいぐまラスカル)
『やめて! モルテンを殺さないで!』(← ニルスの不思議な旅)
──等々の過酷な修行のせいで、氷河は、愛する瞬に会えない日がもう一ヶ月以上続いていました。

迸る若さが、たまりにたまって一ヶ月分。
それは、健康な肉体を持つ恋する青少年には、永遠にも感じられるほどの長い時間です。
ついに臨界点を超えた氷河は、そして、アンドロメダ家の瞬の部屋に真夜中に忍び込むという暴挙に出てしまったのです。

「氷河…… !? 」
なにしろ一ヶ月振りです。
氷河は、これ以上ないくらい たまって──もとい、瞬の愛と温もりに飢えていました。

突然自室のバルコニーに姿を現した氷河に驚き、
「氷河、どうやってあの高い塀を乗り越えてきたの !? 」
と、ジュリエットよろしく尋ねてくる瞬に、
『恋の翼の力を借りて』
の名セリフを返す間をすら惜しんで、氷河は瞬をベッドに押し倒しました。
そして、彼は、どう見ても音速を超えた素早さで、瞬が身に着けているものを全て剥ぎ取ってしまったのです。

「あん……っ! もう、どうして、氷河はいつもそんなにせっかちなの! 入れるの早すぎだってば……いた……痛い……ああん、もっと……!」
氷河のインサートも早すぎるようですが、瞬がいい気持ちになるのも超光速。
今の氷河と瞬になら、太陽の光など無くても、嘆きの壁の10枚や20枚、簡単に破壊できそうでした。

それでも、最初のうちは、瞬も必死に声を抑えていたのです。
ここはいつものラブホではありません。
階下には、瞬の師アルビオレがいるのです。
氷河がここにいることがアルビオレに知れたら、それでなくても対立しているアクエリアス家とアンドロメダ家の関係がどんなことになるか、わかったものではありません。

けれど──その危険な可能性のもたらすスリルが、かえって氷河と瞬を興奮させていたのも事実でした。
そこにまた、一ヶ月振りの瞬との逢瀬に我を忘れた氷河が、加減もなしに瞬の身体を突きあげ始めたからたまりません。

「あああああ〜っっ !! 」
感極まった瞬は、ほとんど絶叫に近い喘ぎ声を、その喉から迸らせてしまいました。

無論、瞬の師であるアルビオレは、可愛い弟子の危機(?)にすぐに気付いたようでした。
「瞬っ、何事だっ !? 」
階下から、アルビオレの声が聞こえてきます。

「氷河っ、先生が来るっ! 逃げてっ!」
瞬は、氷河と繋がったまま、慌てて彼に言いました。

「ちょ……ちょっと待て、まだ終わっていない……!」
氷河は、入れるのは早かったのですが、終わるのまで早くはありませんでした。
それはとても良いことなのですが、こういう場ではあまり都合のよいことではありません。

それでもなんとか終わらせた氷河が、下の方だけ衣服を着け、上着を右手に抱えるという、間男そのままの格好で、瞬の部屋のバルコニーを飛びおりた時と、アルビオレが瞬の部屋に飛び込んできたのが、ほぼ同時。
そして、アルビオレは、瞬の部屋を退散する直前の不埒千万な間男の顔を見てしまったのです。

「あの男は確かアクエリアス家の……」
不運なことに、アルビオレは、カミュの弟子である氷河の顔を見知っていました。

「瞬……今のはもしや──おわわわ〜っっ !!!! 」
なぜカミュの弟子がこんなところにいるのか──。
訝りつつ後ろを振り返ったアルビオレは、次の瞬間、仰天して素っ頓狂な雄叫びをあげました。

彼が驚くのも当然のこと。
アルビオレが振り返ったそこには、あられもない姿でベッドの上に座り込んでいる、彼の愛弟子の姿があったのです。
瞬は、氷河を逃がすのに夢中で、自分のことまで気がまわっていませんでした。
つまり、瞬は、まだ全裸だったのです。

「瞬、おまえ……」
「あ……あの、先生、これには深い訳が……」

絶対の信頼というものは、時に、思いがけない誤解と不運を呼び込みます。
自身の愛弟子を心から信頼していたアルビオレは、瞬が自ら望んでそんな破廉恥な行為に耽溺していた可能性を、これっぽっちも考えませんでした。
故に、この現場を見せられたアルビオレが導き出した結論は、ただ一つ。

「ううぬっ! いくら対立している家同士とはいえ、こんな卑劣な手段で瞬に危害を加えるとは、アクエリアス家の奴等めっ!」
「いえ、そうじゃなくて……」
「瞬、恐かったろう……かわいそうに」
「いえ、僕はとっても気持ちよか……」






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