「どうして……?」
瞬が悲しそうな目で氷河を見詰め、氷河に尋ねてくる。
氷河は、そんな瞬と、なぜか自分自身をも、他人を見る目で見詰めていた。

「どうして、そんなに僕を嫌うの?」
瞬が、重ねて尋ねてくる。

一度は喉の奥に押しやった言葉を、瞬時ためらってから、氷河は口にした。
「おまえを見ているとイライラする」

「どうして?」
「どうしてだと?」
「うん、どうして?」

暗に嫌いだと言われていることが、瞬はどうやらわかっていないらしい。
あるいは、瞬は、わからない振りをしているのかもしれなかった。

そんな瞬に、氷河は更に苛立ち、瞬は、苛立ちを増した氷河に気付かない振りを続ける。
──瞬は、平生の瞬とは、何かが違っていた。

いつもの瞬と違う瞬の腕が、木の枝に絡む蔓か蛇のように、氷河の腕に絡んでくる。
その唇が誘うように動く。
氷河は、軽い目眩いに襲われた。

「ねえ、氷河……」
「俺に触るな!」
氷河は、そして、その目眩いに抵抗するように、瞬を突き飛ばした。
突き飛ばしたはずだった。
だというのに、気がつくと、瞬は氷河の胸の中にいた。

そして、再び、誘うような、からかうような、鞠にじゃれつく小猫のような声音で、瞬は尋ねてきた──のだ。
「どうして、そんな意地悪するの」
「俺は──」


その後を、氷河は憶えていなかった。
悪い夢から目覚めてから、その あり得べからざる事態に、氷河はただ愕然とした。
「う……嘘だろう……?」

自己嫌悪に陥るより、氷河は混乱した。
こんなことがあっていいはずがない。
あっていいはずがなかった。

だが、その悪夢は、ただの始まりに過ぎなかったのである。
あるいは、その夜は、氷河の中のせきが決壊した夜だったのかもしれない。

いずれにしても氷河は、その日から毎晩、自分が瞬を組み敷いている夢ばかりを見るようになった。
その夢を見ない夜は、ただの一夜もなかった。
瞬の身体を知り尽くしたような錯覚を覚えるほど、氷河は夢の中で瞬を抱きしめ続け、夢の中の瞬は、氷河の腕の中でどんどん大胆になっていった。

夢を見ることは止められない。
その分、氷河は、現実の世界で瞬を避け続けた。






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