「本当に──わかっているのか」 半信半疑で、否、8割方、瞬の首肯を信じることができずに、氷河は瞬に尋ねた。 瞬が自分の気持ちをわかっているはずがない──と、氷河は思っていた。 これまで、散々無視してきた。 冷たい態度をとり続けてきた。 何より、氷河自身が、今の今まで、その事実に気付かずにいたのだ。 「ずっと無視してきたのに」 ほとんど呟きに近い氷河の低い声に、瞬が、短い時間苦笑する。 「あれを無視って言うのなら、氷河は世界中の人をみんな無視してるようなものだよ」 「……?」 それがどういう意味なのか、氷河は本気でわからなかった。 そんな氷河に、瞬が困ったような目を向ける。 「言ったのは、僕じゃなくて星矢だからね」 用心深く、そう前置きをしてから、瞬は、星矢の言を氷河に伝えた。 「『あれで瞬を無視してるつもりなんだから、氷河は面白い』──って」 氷河は──氷河は、とりあえず、絶句した。 やがて、何とか気を取り直し、ひとつ大きな息を吐いてから、瞬に尋ねる。 「俺は、おまえが好きなのか」 「そうらしいよ」 「そうか……。そうなんだろうな、やっぱり」 こういう仕儀に相成った今となっては、氷河もそれを認めざるを得なかった。 でなければ、あんな悪夢に苦しむはずがない。 嫌いな相手なら──本当に嫌いな相手なら、瞬を一方的な力で汚すことを喜ぶこともできたはずなのだ。 やっと虚心に自身の心に向かい合うことを始めた氷河に、瞬がにこりと微笑を作る。 しかし、そうして微笑んだ瞬の瞳からは、次の瞬間、ぽろっと透き通った涙の雫が零れ落ちてしまったのである。 「瞬 !? 」 慌てて瞬の名を呼んだ氷河に、瞬は、何でもないと言うように首を横に振ってみせた。 「ご……ごめんなさい、嬉しくて……。みんなはそんなことないって言ってくれてたけど、もしかしたら本当は、本当に、僕、氷河に嫌われてるんじゃないかって不安だったんだ」 瞬が自分のために涙を流してくれている──。 本音を言うなら、氷河は、まさに天にも昇りたい心地になっていた。 あんな夢を見ていたことを、瞬には絶対に知られてはならないと、自身にきつく戒めもした。 なのに。 だというのに、何ということだろう。 氷河の口から飛び出てくるのは、相も変わらない憎まれ口だったのである。 「……こんなことで喜べるなんて、相変わらずおめでたい奴だな」 照れ隠しにしても、もっと別の言葉を選ぶことはできないのかと、胸中で自分を殴ってもどうにもならない。 今度こそ瞬に愛想を尽かされてしまうのではないかと、寒気をすら感じ始めていた氷河に、 「うん、そうなんだと思う」 「なに?」 「人に『頑張れ』って励まされるのが辛い人がいるんだって。失意のどん底にいて、どうしてもその力を持てない人や、自分の力を出し尽くした果てに『もっと頑張れ』って言われた人。人に『頑張れ』って言われて、素直に頑張ろうって思える人間は、多分、とても幸せな人間なんだ。僕は、いつも幸せな人間だった。みんなが優しくしてくれることや、励ましてくれることや、好きだって言ってくれることが、いつだって嬉しかった。世の中には、誰かに愛されることさえ重荷に感じる人がいるっていうのに、僕は本当に恵まれてるよね」 噛みしめるようにそう言って、瞬は、氷河に明るい笑顔を向けてきた。 「僕は多分、おめでたいくらいに幸せな人間なんだ」 「…………」 瞬が作る笑顔に、氷河は、言葉を失った。 憎まれ口を叩くことさえ、氷河にはもうできなかった。 |