「──嘘だ」 そんなはずはない。 そんなことがあるはずがなかった。 瞬はいつも、氷河より辛い立場にいた。 瞬はいつも泣いていた。 氷河は、瞬の涙に苛立ったことは何度もあったが、その涙を不当・不自然だと感じたことは一度もなかった。 兄との別離、兄の不在、兄の裏切り、兄の死。 瞬はいつも、泣くべき時に泣いていた。 瞬はいつも、涙が当然の場所にいた。 瞬には、幸福だった時など──極言するなら、一瞬たりとてなかったはずなのだ。 「嘘だ……!」 氷河は耐え切れずに──何に耐えることができなかったのかは、氷河自身にもわからないまま──瞬を抱きしめた。 氷河の腕の中の瞬は、驚くほど細く小さかった。 優しく歌う孤独な鳥は、もしかしたら瞬だったのかもしれない。 自らを幸福だと思おうとし、事実そう思いもし、瞬は、ひっそりと優しく泣いていたのかもしれない。 自分のためではなく、彼に『頑張れ』と言う仲間たちのために、瞬は微笑んでいたのかもしれなかった。 最も高いところを飛び、仲間を煩わせないように気を遣い、 否、もしかしたら、瞬だけでなく星矢や紫龍も、笑顔と軽口の後ろに、優しい涙を隠していたのかもしれなかった。 聖闘士になった者たちが、いつの時も幸せなだけの人間でいられたはずがない。 生きている人間が、いつの時も幸せな人間でいられるはずがないのだ。 だとしたら 優しく歌う孤独な鳥とは何と悲しい存在なのだろう。 そして、そんなふうに支え合って生きている人間たちとは、何と健気な存在なのだろう。 『頑張れよ』と言われるたび、微笑み頷いてきた瞬の気持ちを慮ることさえしなかった自分自身を、氷河は初めて苦く後悔した。 |