「孤独だから、鳥は優しく歌うのに、俺はおまえが苦しんでいる時に、『頑張れ』さえ言ってやらなかった。俺は、馬鹿な意地を張って──俺は本当に馬鹿な子供だった」
素直になることを覚えた氷河は、自分の心に素直に──瞬を抱きしめた腕を解こうとはしなかった。

「氷河は……そういうふうに励ますことを無責任で軽率なことだと思ってただけでしょう。氷河が氷河なりに僕のこと考えてくれていたことは、僕、ちゃんと知って──」
「俺はそんな出来た男じゃない」
そこまで買いかぶってくれなくていいのだと、吐き捨てるように、氷河は瞬に言った。
瞬が、氷河の胸の中で、首を横に振る。

「氷河が不器用で意地っ張りなことは、僕、知ってるから」
「? 俺が不器用──?」
馬鹿な子供は、実は不器用の自覚もなかった。

氷河に抱きしめられていることに慣れてきたのか、照れを捨てたのか、瞬が自分から氷河の胸に頬を押し当てる。
「子供の頃にね──。いつもの通りに僕は泣いてて、兄さんが僕を力づけてくれて、その時に僕、氷河に、『そんな意味のない安っぽいセリフで泣きやめるなんて、幸せな奴だな』って言われたことがあるんだ」

それは、氷河も憶えていた。
「僕、何を言われたのかわかなんくて、『氷河、羨ましいの?』って、氷河に訊いたんだよ。そしたら、氷河ってば、泣きそうな顔してどっかに走っていっちゃったんだ」

「…………」
その付近の氷河の記憶は、どうもあやふやで──氷河は、どうやら自分に都合良く記憶を捏造してしまっていたようだった。
多分、瞬の記憶の方が正しいのだろう。

今ならわかる。
逃げたのは、図星を突かれたから──だった。

「なんだか、僕、氷河を傷つけちゃったみたいで、ずっと謝りたかったんだけど……」

だが、氷河が羨ましかったのは、『頑張れ』と言われて、その励ましに素直に頷ける“幸せな”瞬ではなかった。
瞬の兄、星矢、紫龍、瞬の仲間たち──瞬をいじめる者も、庇う者も、慰め励ます者も、瞬に何かをすることができる者たち全て。
そうできる全ての人間が、氷河は羨ましかったのだ。

彼等と同じように振舞いたかったのに、氷河にはそうすることができなかったから。
彼等の素直さが、氷河は羨ましくてならなかったのである。

多分、その時から既に、『瞬を好き』の好きの意味が、星矢たちと氷河とでは違ってしまっていたのだろう。
だから、氷河は反抗期の子供のように、ただ反発することしかできなかったのだ。

「そうか、あの時、俺は──俺だけがガキだったんだな……」
瞬を抱きしめる腕に、氷河は更に力を込めた。

だが、子供はいつまでも子供ではいないし、いられない──いてはいけない。
幸いなことに、氷河は今は、自分の腕の中から瞬が逃げ出そうとしないことを素直に・・・喜べるほどには大人になっていた。






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