「──マヤのチチェンイッツァ、知ってる?」
「ククルカンのピラミッドのある遺跡だろう。蛇の階段のある」
「そう、他にも色々。天文台とか、球戯場とか、戦士の神殿とか」
「それが泣ける映画の舞台なのか」

「うん……。主役は──ううん、もしかしたら脇役なのかな。今の僕と同じくらいの歳の男の子でね、不思議な力を持ってるんだ──持ってることになってた。チチェンイッツァでは、毎年何人もの生け贄を神に捧げてたことは知ってる? 国に災厄が起こった年なんかには、数万人規模の生け贄が神に捧げられた」

「確か、生け贄から取り出した心臓を乗せる台が、遺跡に残っていたな」
「チャックモール像のことだね。そう、そこに、いつもの年なら、球技場でゲームをして、勝ったチームのリーダーの心臓が捧げられることになるんだけど、その年の春分の日には、その男の子が生け贄にされることになってた」

「勝った方が生け贄にされるのか?」
「弱い者を捧げても、神は喜ばないでしょ。だから、いつも、生け贄は、強い者、美しい者、聡明な者、心延こころばえの清らかな者──とにかく、他人より優れてる者が捧げられることになってたんだ」
「おまえがマヤ文明の頃に生きてたら、いちばんに生け贄に選ばれそうだな。全ての条件を満たしている」
「…………」
「瞬……?」


「あ、うん。それでね、生け贄は──大抵は、みんな喜んで、自分の命を捧げるんだよ。生け贄に選ばれるってことは光栄なことだし、マヤの人たちは、死後の世界を信じてたから」
「家族や友人や恋人と別れることになってもか」
「それはどうだったんだろう……。でも、少なくとも、その男の子は、自分が神への供犠にされることに不満や悲しみは感じてなかったんだ。家族もなかったし、ほんとに小さい頃から生け贄にされることが決まってて、隔離された場所で育ったから、友達もいなくて──もちろん、恋をしたこともない」

「その生け贄の少年が持ってる不思議な力とは何だったんだ」
「本当は、彼は、特別の力なんて持ってなかったんだと思う。ただ、とにかく、その子の周りでは人が死ぬんだ。その子を産んですぐに母親は産褥で死んだし、その子が生まれた日には、ちょうど近隣の都市国家からマヤに攻め入ってきた敵が、何百人も勝手に死んだ」
「勝手に?」

「多分、伝染病か、人体に害のあるガスか何かが発生したか、もしかしたら、何かよくないものを食べたか、そんなところだったんだろうけどね。とにかく、その子には、人を殺す力があるんだって思われてたんだ。父親も、その子が生まれてすぐに死んだみたい。それで、その子は成人するまで、チチェンイッツァの戦士の神殿の一角で、なるべく人に会わないように隔離されて育てられたんだ。マヤでは、15、6歳で成人したことになるんだけど、神への生け贄には成人してからじゃないとなれないことになってたから」

「ただの偶然で生け贄にされたんじゃ、たまったもんじゃないな」
「たまらないと思うこともなかったんだよ。だって、その子は、自分が神に捧げられるために生まれてきたんだって思い込んでたんだから、それ以外に望むこともなかったんだ。他に何も知らされなかったし」
「……それで?」






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