氷河たちが丁々発止の渡り合いをしている間に、ヒトとDBの代表者たちは、それぞれに意見交換の相手を見つけたらしい。
広いコンベンション会場内では、あちこちに小さな分団ができ、盛んに議論が交わされていた。
それらの群れに入るタイミングを逸した形になった氷河が、強化ガラスの窓に映る夜空を背景にして、同じく話の輪から外れてしまった瞬に尋ねる。

「紫龍が連れてきたからには、君もヒトとしては優秀な部類なんだろう? ヒトを支配する側に立ちたいと思わないのか」
「紫龍は座興か何かのつもりで、僕を連れてきただけです。僕、平等主義者で、博愛主義者で、自由主義者なんです。僕みたいなのが、このイベントに混じるのも面白いから、遊びがてら出席しなさいと言われました」

「その3つは同時に成り立たない」
「紫龍もそう言います。でも、だから、人類永遠の理想なんだと思います。僕は夢想家なのかもしれません」
「…………」

実に“ヒト”らしい意見だと、氷河は思ったのである。
瞬の言葉は、少しも現実的ではない。
が、氷河はなぜか、この夢想家の“ヒト”を軽蔑することができなかった。

「ほんとに高い。僕、こんなに高いビル、初めてです。ここ150階なんですよね。下を見ると、地面に吸い込まれて落ちちゃいそう」
窓際に寄って、瞬が感嘆の声をあげる。

瞬がその高さに驚嘆するのは当然のことだった。
ヒトは、都市ではなく、緑の自然の残る郊外に、機械的・無機質に見えないように考慮された“自然な”家を作って生活している。
それらの“自然な”家は、高くてもせいぜい3、4階建てのものばかりだった。


「ヒトは自然にこだわり、大地にこだわり、地べたに這いつくばるようにして生きることで、そのプライドを保とうとしている。実に愚かだ。このビルの高さは、権力と高度な技術の象徴だ」
「古い諺に、『馬鹿と煙は高いところを好む』っていうのがありますよね」
氷河の主張を聞いているのかいないのか、高い場所からの夜景に見入ったままで、瞬が呟くように言う。
その呟きを聞いて、氷河は言葉を発するのをやめた。

「……え?」
少し遅れて、氷河の作り出した沈黙に気付いた瞬が、氷河のいる方を振り返る。

「他人に馬鹿呼ばわりされたのは初めてだ」
無表情に戻っていた氷河の抑揚のない声に、瞬は大慌てに慌てた。
「あ、そうじゃなくて! 僕は、自分が高いところに登って喜んでることを言ったんで、氷河さんのことを言ったわけじゃないです……!」

瞬の弁明を、氷河が言葉通りに受け入れたのかどうかは、瞬にはわからなかった。
氷河は、その件にはそれ以上言及せず、話題を別のものに変えてしまったのだ。
「平等主義者なんだろう。『さん』はいらない」
「平等と無礼は違いますよ」
「平等主義を貫くためだ。俺は、君を『瞬さん』と呼ぶ気はない」

氷河を呼び捨てにすることに、瞬は少しばかりの気後れを感じたようだった。
が、自分が平等主義者だと氷河に言ったばかりだったことを思い出したのか、瞬はすぐに氷河にこくりと頷いた。
「はい。じゃあ、僕も、『氷河』」

瞬のその屈託のなさが、氷河には意外だったのである。
「俺が恐くないのか」
「恐いくらい綺麗です」
「そういう意味じゃなく、俺はその気になれば、命令一つで君を殺すこともできる。この世界に害を為す不穏分子として」

無論、事後には、その判断の成否を検証する諮問会が開催されることになる。
幸い、氷河は、これまで一度もその権利を行使したことはなかったが、彼がその権利を有しているのは事実だった。

「僕、どこか不穏ですか?」
「他のヒトと違う。俺に怯えもせず、あけすけで──自然すぎるのが不自然だ。俺の前では、初対面のヒトは、大抵ろくに口もきけない」
「僕、緊張すると口数が多くなるタイプなんです」

そう言って、瞬が、やはり屈託なく笑う。
既に瞬の瞳の中には、氷河の綺麗な・・・外見を恐がっている色もなかった。






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