紫龍にそう言われても、心配なものは心配である。
瞬はある日、瞬の許を訪れた氷河に恐る恐る訊いてみた。

「氷河の立場だと、ここに来る時間を作るのも大変なんでしょう? 氷河が僕のところに来てくれるのは嬉しいけど、お仕事の方に皺寄せがいってるんじゃないかとか、他のお友だちとの交流の時間を奪っているんじゃないのかとか、僕、不安になるんだけど……」

氷河になら、さぞかし優秀で人格高潔なDBの友人がたくさんいて、そういう友人たちと高尚な交わりを持っているに違いなかった。
瞬の懸念は、氷河の仕事や身体のことだけではなかったのである。

「俺にはそんなものはいない。不要だ。DBにも感情や人情というものはあるからな。親しい者を増やすことは、公正な判断力を殺ぐことにつながる可能性がある。社会全体に影響を及ぼすような決断をしなければならない立場にある者には、そういうものは邪魔な存在だ」

瞬にそう答えた時、氷河は、自分の言動不一致に気付いていなかった。
用もないのに頻繁に瞬の許を訪れている自分の行動の矛盾に、本気で思い至っていなかったのである。
瞬が、そこを突いてくる。
「僕は、氷河にとって邪魔なものですか」
「違う! そういう意味で言ったんじゃない!」

気落ちした声音の瞬に、氷河が、DBらしくなく声を荒げる。
その剣幕に驚いて、瞬は瞼を伏せた。
「ご……ごめんなさい。僕、ちょっと卑屈になってたかも。だって、氷河は──ほんとなら、僕なんか口をきくこともできないはずの人で……」

優秀なDBには、自分とのやりとりが退屈極まりなく、低次元に過ぎるものなのではないか──瞬が本当に心配していたことは、実はそれだった。
そうだったのだと、瞬は、今初めて気付いた。

「変だな……。僕、こんなふうに氷河と親しくなる前は、氷河が優秀なDBだってことに、引け目を感じたりなんかしてなかったのに……」
言葉にしてしまってから、瞬は、その感情が決して妙なものではないことを理解した。
それは、瞬が氷河と親しくなったからこそ生まれてきた悩みだった。
瞬は、氷河の友人として、彼と同格・平等でありたいと願っていた。
瞬は氷河に、無理に自分のレベルに合わせた付き合いなどしてほしくなかったのだ。

「僕は、氷河の初めてのお友だち? 僕は、誇っていいのかな?」
「──好きにしろ」

瞬にそう言われても、氷河はまるで嬉しくなかった。
瞬に“お友だち”呼ばわりされたその時に初めて、氷河は、自分の中にある情動が恋だということを自覚した。






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