DBが恋をすることは皆無なわけではない。
ヒトに恋をしたDBも、これまでいなかったというわけでもない。

しかし、それは大抵は、政治方面ではなく芸術方面に秀でるようにDNAをデザインされたDBの上に起こる事象だった。
相当の権力を手にするDBは、そういうものに関心を示さないように作られている。
否、示さないように作られているからこそ、そういう地位に就けるのである。

基本的に、DB同士ならともかく、DBがヒトに恋すること自体が稀だった。
それは、社会的には、あまり歓迎もされない。
DBとヒトの間には、敵対というほどではないにしろ、それぞれの劣等感と優越感から形成される反目のようなものがあったのだ。


「DBとヒトと──どう違うんだろうな。どちらも、その肉体を生成しているのは同じ物質で、 DNAに乗っている情報が僅かに違うだけだ。遺伝子を意図的に選別したか、偶然の選択に任せたか、それだけの違いしかない」

人格や性格や価値観が、8割方、後天的・経験的に形成されるものだということは、統計学的事実である。

「優れた遺伝子情報を持つDB同士が自然な受精をして、その結果できた子供はDBなのかヒトなのか──ってことが論議になったことが、以前あったね」
「法的にはヒトだ」

ヒトとDBとの間に生まれた子供も、法的にはヒトである。
立法行政機関の管理職には就けない。
“自然”にすべてを任せると、自然はどんな悪戯をしでかすかわからないのだ。
我が子を支配層に置くことを望むDB同士のカップルは、互いの遺伝子を基調にしたDNAデザインを、DNAデザイナーに依頼するのが常だった。

「持って生まれた才能の優劣は、DB同士の間にも、ヒト同士の間にもあることなんだから、DBとヒトとの間でコンプレックスを抱き合うなんて、考えてみればおかしなことだよね」
「──おまえは、DBに生まれたかったと思うことはないのか。努力せずに、最小の努力で、ヒトの数倍の成果を得られる」
「でも、目的を達した時の喜びも数分の一でしょう?」

「ヒトはそう言う。努力することに価値がある、自然であることに価値がある、とな。だが、それは成果を得られないことへの負け惜しみじゃないのか? ヒトは自分のプライドを保つために、そんな理屈をこねまわして、その実、DBに勝つための努力もせずに、DBを貶める。そんな努力は徒労にすぎないと、ヒトは、そんなところだけは冷めているんだ。結局ヒトは、DBを妬むことしかしない」

「そうかもしれない……。うん、でも、そう。そういうことは、妬んだ方が負けで、嫌った方が負けで、憎んだ方が負けなんだってことに気付いていない人間が多すぎるんだよ。あ、これは勝ち負けの問題じゃないから、妬んだ方がみじめ、嫌った方がみじめ、憎んだ方がみじめ、って言う方が正しいかな」
「…………」

瞬は、それを意図して作られたDBほど判断力に優れているわけではない。
だが、本質を見極める慧眼を、瞬は備えている。
氷河は、自分の非合理的な感情の源を見い出したような気がした。
瞬は、知能ではなく、情緒的・本質的に優れた人間なのだ。

「──俺が、おまえを『無能なヒト』と蔑んでも、おまえは俺を憎まないのか。大抵のヒトは、DBに無能と言われると、DBを不自然な作り物と蔑み、自分たちの方が創造神だと言い返す」
「無能なヒトめ、って僕に言ってみて」

ジョークなのか本気なのかわからない氷河の言葉を、瞬がやわらかく受けとめる。
「もしDBにそんなふうに言わることがあったら、僕は、『ココアのいれ方では、あなたに負けない』って言って笑い返すことにしてるんだ」
「…………」

甘すぎるココア。
確かに、それは、ヒトにしか──瞬にしか、いれることのできないものなのかもしれない。

「ううん、やっぱり、泣くかな……。氷河にそんなこと言われたら」

瞬のいれるココア以上に、瞬の表情は甘い。
氷河は、その甘さに、それ以上抗することができなかった。






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