「言わない。俺はそんなことは言わない」
「氷河……? どうしたの?」
感情の抑制に優れているはずのDBに、突然強く抱きしめられて、瞬は面食らった。

瞬自身はあまりそんなことを意識したことはなかったが、抑制力に優れたDBの中でも、氷河は群を抜いた存在である。
だからこそ氷河は、能力と成果だけがものを言うDBの世界でトップに登りつめることができた──はずなのだ。

「おまえの前では、冷徹なDBでいられない」
その、DBの中のDBが、瞬の頬に唇を寄せてくる。

「今、俺が、おまえを好きだと言ったら、おまえは俺を受け入れてくれるか? 俺が自然に生まれたものではないDBでも」
「…………」

瞬が返答に窮したのは、瞬が氷河をそういう対象として見たことがなかったからではなかった。
瞬は最初から諦めていたのである。
自分が氷河にそんな言葉を言ってもらえることは、万に一つもあり得ない、と。

瞬の無言を、拒絶だと思ったらしい氷河が、言葉を重ねる。
「俺がヒトなら受け入れてくれるか」
「氷河?」
「俺は本当はDBじゃない。ただ、どうしてもDBだけに許される支配が納得できなくて、俺の方がうまくやれると気負って、出生を偽り、あのビルの中に潜り込んだんだ。DBの証明書を紫龍に偽造させて、適性試験を受け、今のポストにまで登りつめた」
「まさか──」

ヒトが、自分自身をDBと偽ること。
それは法律を犯しているというだけのことにとどまらず、自らの両親の存在を抹殺することでもある。
両親を愛していたら、誇りに思っていたら、両親が生きていたら、できないことのはずだった。
ヒトとしての氷河が一人ぽっちなのだということを、瞬は、氷河の腕の中で初めて知った。

「氷河……」
「俺は、おまえの望む通りのものになる。ヒトにでもDBにでも。だから──」
望む通りの答えを得られなかったら、その瞬間に世界は滅ぶとでも言うかのように切羽詰った氷河の声音と言葉とに、瞬はほとんど夢見心地だった。

「ヒトにでもDBにでも……? 氷河って器用だね」
「瞬、答えてくれ」
焦れたように、氷河が瞬の答えを急かす。

瞬は一瞬間ためらってから、その腕を氷河の背にまわしていった。
「僕は、ヒトだからDBだからって理由で、誰かを嫌ったり好きになったりしないよ。僕が氷河を好きなのは、氷河が氷河だからだよ」

望んでいた通りの答えを手に入れるや否や、それまで瞬の頬や髪の上をさまよっていた氷河の唇が、瞬の唇に重なった。






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