「しかし、問題が一つある」 「え……?」 低く呻吟するような氷河のその声、その口調。 氷河の意欲を行動に移すことを妨げる“問題”とは何なのか──。 先程の星矢とのやりとりが記憶に新しかったせいで、その時、瞬がまず最初に思い浮かべたのは、世界で最も有名な傷痍軍人、クリフォード・チャタレイだった。 戦争で下半身不随の身になり、愛する妻に、夫とは別の恋人を持つようにと言わなければならなくなった誇り高い英国貴族──である。 氷河の抱えている問題がクリフォード・チャタレイの苦悩と同種類のものなのだとしたら、この話題は早々に打ち切った方がいい。 「氷河……」 一瞬間だけ、痛ましげに氷河の顔を見詰め、それから瞬は慌てて笑顔を作った。 「そんなの、大した問題じゃないよ! 僕、氷河と一緒にいられるなら、それだけでいいもの。そんなの、どうしてもしなきゃならないものでもないし、そんなにしたいわけでもないし、できないものは仕方ないよね!」 気負い込んで力説する瞬を見て、氷河が微かに眉をひそめる。 『それは大した問題ではない』と訴える瞬の瞳と口調には、どこか安堵したような気配があったのだが、氷河はそれには気付かなかった。 「おい……どういう誤解をしているんだ?」 嫌な予感を感じていることを隠しきれずに、氷河が瞬に尋ねる。 「え……? だから、氷河がどんな怪我してたって、僕は氷河が好きだよって……」 瞬の返答は、案の定。 そもそも嫌な予感というものは、的中させるために感じるものなのだ。 「違うっ! 俺の息子は元気すぎて、俺はヤツを静めるのに毎晩苦労してるんだっ!」 男の沽券(と書いて『股間』と読む)に関わる不名誉な誤解を解くべく、氷河は、目いっぱい声を荒げた。 その剣幕に、瞬がきょとんとする。 「だったら──」 肉体的欠損が“問題”ではないのだとしたら、いったい氷河は、何によって、その行動を妨げられているのだろう? 今の瞬にできることは、もはや、氷河に問うことだけだった。 「問題って何?」 ──と。 問われた氷河が、世界で最も有名な苦悩する青年、デンマーク王子ハムレットのごとく、眉間に苦悩の皺を刻む。 To be , or not to be , (えっちを)為すべきか為さざるべきか、 that is the question. ──それが問題だった。 |
* クリフォード・チャタレイ : こちら参照
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