「疲れてるだの、気分が悪いだの、甘い匂いをぷんぷんさせながら言って、僕に何もしないで、一人で先に眠っちゃうんだよ、氷河ってば」

彼等が瞬の相談相手として適任か否かはともかくも、今の瞬には、相談相手は彼等しかいなかった。
瞬に、報告という名の相談を持ちかけられた星矢が、無責任にも言い放つ。

「考えられるパターンとしては。
 (1) 氷河に、ケーキ好きの女ができた
 (2) 氷河に、ケーキ好きの男ができた
 (3) 氷河に、ケーキ好きの子供がいた
──あたりかな〜」

なるべく考えないようにしていたことをはっきりと言葉にされてしまった瞬が、泣きそうな顔になる。
慌てて、紫龍が第4のパターンをつけ加えた。
「(4) 氷河が、突然ケーキ好きになった、ということも考えられるぞ、瞬」
「それはないんじゃねーか? 氷河は、目玉焼きにも醤油の変わりにマスタードを塗りたくるような奴だぜ?」

星矢は紫龍の気遣いを台無しにしたが、台無しにされた紫龍の方も負けてはいない。
彼はすぐに星矢に反論した。
完全に、反論の方向を間違って。
「何を言っているんだ! 目玉焼きにはソースだろう!」
「紫龍こそ、なに寝ぼけたこと言ってんだよ、目玉焼きには醤油って、そんなの、神話の時代から決まってることだぜ!」

『目玉焼きには醤油かソースか』
それは確かに、『バナナはおやつに入るんですかー』と同程度には重要かつ深遠な人類の命題である。
だが、その命題の真偽が証明されたとて、瞬の不安と苦悩が消えるわけではないのだ。

やはりこの二人に相談したのが間違いだったかと、瞬が両の肩を落とした時。
「おまえら、朝っぱらから、くだらないことを談義しているな」
突然その場に現れて、星矢と紫龍の目玉焼き論争を中断させてくれたのは、他ならぬ氷河その人だった。

「氷河……!」
「あ、ちょうどいいところに! 氷河、それで結局、(1)(2)(3)のどれなんだよ! (3)は過去の過ちで許すとして、(1)や(2)だったら、瞬が許しても、この俺が許さないぞっ!」
瞬の相談相手失格の星矢が、氷河の登場に驚く瞬を尻目に、氷河を問い質す。

星矢にしてみれば、第三者たちが、当の本人がいないところで、あれこれとその言動の理由を推測することほど無意味この上ない愚行はなかったのである。
氷河の行動が奇妙なら、その理由は氷河に訊くのが最も手っ取り早く、しかも間違いがないではないないか。
氷河に直接尋ねられない瞬の複雑にして繊細な気持ちは、星矢にはまるで理解できないものだった。

「(1)(2)(3)? (1)(2)(3)とは何だ? 目玉焼きの目玉の数なら、俺はスクランブル・エッグが好きだぞ」
今日は、パティシエ見習い・氷河に与えられた半月振りのオフだった。
この貴重な休日を、氷河は、瞬と共にできうる限り有意義に過ごそうと計画していた。
朝から、目玉焼きの目玉の数についてディスカッションなど始める気はない。
なかったのだが。

「星矢、もういいよ……。そんなの、(1)でも(2)でも(3)でも、それは悪いことじゃないんだし、誰にも責められないことなんだから……。あ、(3)と(4)は、でも、僕も違うと思うけど……」
「瞬……?」
「いいんだ。僕、平気だから、氷河、ほんとのこと言って……」
切なげに眉根を寄せて氷河に尋ねてくる瞬の瞳が潤んでいる。

「??」
瞬の瞳を潤ませているものが、目玉焼きの目玉の数だと思うことは、さすがの氷河にもできないことだった。






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