「誤解だーっっ !! 俺は、おまえが、甘くて濃厚なデザートを作れるパティシエからは一生離れられない、とか何とか言ってたから、ケーキ屋で修行を始めただけだっ! 俺がおまえの他に、ケーキ好きの女だのケーキ好きの男だの、そんな面倒くさいものを作ったりするはずがないだろーがーっっ !! 」
瞬の涙の訳を知らされた氷河は、そのとんでもない誤解を解くために、城戸邸の外にまで聞こえるような大声を響かせることになった。

「え?」
瞬が、氷河の怒声を聞いてきょとんとする。
氷河の必死の訴えの意味を、たっぷり5分反芻してから、瞬は氷河に小声で尋ねた。

「あの……氷河は、あの時、僕たちが話してた“デザート”を何のことだと思ってるの?」
「何を言ってるんだ。あの時おまえが食っていたのはケーキだったじゃないか」

「そ……そっか、そこに根本的な間違いが──」
そこに根本的な間違い──勘違いとも言う──があったのだ。

ともあれ、氷河がケーキ好きな女やケーキ好きな男を作った──かもしれないという疑惑が晴れたことに、瞬はまず安堵した。
無論、もし氷河がそんなものを作ったのだとしても、それは氷河に非のあることではない。
人の心は変わるものだし、それを止めることは誰にもできない。
それはわかっていたし、覚悟していたし、責めるつもりもなかったのだが、そうではなかったことを知らされた瞬は、とにかくまず安堵した。
そうして、瞬は、大きく一つ吐息して、氷河の誤解を解く作業を始めたのである。

「最初に断っておくけど──」
「?」
「僕が星矢たちとあのデザートの話をしてた時、僕は、酔ってたの」
「なに?」
「あの時食べてたサバランの生地が、ものすごく強いキルシュに漬けたやつで、おまけに、ものすごく大量のラム酒が振りかけられてて、だけど、ものすごく甘かったから、僕にも食べられて、それで……」

「それがどうしたっていうんだ?」
「だから、酔ってたから、人前であんなこと言っちゃったんだよ。でなかったら、あんなこと、僕……」
そこまで言って、瞬はぽっと頬を赤らめた。

瞬が何を言ってるのか、何を言わんとしているのかは、氷河には全くわからない。
が、その前置きは、瞬にとっては非常に重要なことだったらしい。
上気させた頬をそのままに、瞬は真顔で氷河に言った。
「それを踏まえて聞いてね」

「……わかった」
とりあえず、頷く。

氷河の首肯を確認した瞬が、やっと本題に入る。
自分が腰をおろしていた長椅子の隣りに氷河を招き、瞬はその耳許に唇を寄せた。
「あのね、僕が星矢と話してたデザートっていうのはね……」
「デザートというのは?」

瞬の真剣な表情につられて、氷河の顔つきも真剣なものになる。
氷河は、ごくりと息を飲んだ。






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