辺りをはばかるように小さな声で──星矢と紫龍は気をきかせて席を外してくれていたのだが──瞬は、氷河の耳許に囁いた。

「夜の──」
「夜の? うなぎパイのことだったのか?」
夜のデザートと言えば、これはもう、“浜名湖名産・夜のお菓子 うなぎパイ”しかない。
思いついた“デザート”の名を反射的に口にしてしまった氷河の言葉が、よほど瞬の気に入らなかったのだろう。
途端に瞬は、声をひそめることをやめてしまった。

「違うっ! 夜に、僕と氷河が二人きりですること!」
「……………………しりとり?」
「氷河、僕をからかってるのっ!」

氷河と瞬は、夜ふたりきりで、そんな優雅な(?)遊びをしたことはなかった。
ゆえに、瞬の激昂は尤もである。
尤もではあるが、氷河としては、この場はギャグをかまさずにはいられなかったのだ。
なぜそれ・・が“デザート”なのか、氷河にはとんと合点がいかなかったのだから。

「悪い。いや、その、おまえが言わんとしていることはわかった。わかったぞ。しかし、なぜあれがデザートなんだ?」
氷河の疑念に対する瞬の回答は、明瞭簡潔の極みである。
「だって、あれは、僕が氷河を好きで、氷河が僕を好きでいてくれることの、おまけのイベントみたいなものでしょ。だから、デザート!」

「おまけ……って、おまえ」
それを“おまけ”と言い切ってしまえる瞬に、氷河が我知らずたじろぐ。
それが主目的──とまでは言わないが、氷河にとってそれは、ある意味では、恋愛という行為における究極の目的の地・最終的な到達地点──ではあったのだ。

しかし、瞬は、あくまでも、断固として、自信満々で、言い張るのである。
「ただのおまけでしょ! それとも、氷河は、あれがメインだとでも言うつもりっ !? 」
「そ……そうは言わないが……」

心の交流の方がメインだと、瞬は言いたいのだろう。
氷河も、瞬の主張を完全に否定することはできなかった。
確かに、それは、恋の命脈を保つための必須要素ではない。
必須要素ではないからこそ、氷河とて、半月もの間、それに無沙汰ができたのだから。

だが、そのたかが・・・おまけ・・・が半月なかっただけで、(1)だの(2)だのの疑惑を抱いてしまうあたり、それは瞬にとっても重大な意味を持つ行為であるには違いない。
だというのに、瞬はあくまで自説を曲げようとはしなかった。
「僕は、あの時、星矢たちと、あれはメインじゃないけど、デザートだけど、デザートだからおいしい方がいいっていう話をしてたの!」

「……デザート、か」
瞬にとっても、それは、それなりに重要なことではあるのだろう。
『味などどうでもいい』と思わない程度には。

「あれは、すると、おまえが、日本人好みの軽めのケーキより濃厚なフランス菓子の方が好きだという話じゃなかったのか?」
「氷河とのデザートが好きっていうのは、甘くて濃厚なのが好きってことでしょ」
「時々食傷するというのは──」
「氷河の相手は疲れるから!」
「甘くて濃厚なデザートを作れるパティシエからは一生離れられない、というのは──」 

「そ……そんなことまで解説させないでよ!」
うっすらと朱色に上気していた頬を大々的に真っ赤に染めて、瞬は顔を伏せた。

それから、瞬は、ごくごく小さな声でもう一度、言い訳がましく呟いたのである。
「僕、酔ってたんだから……」
──と。






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