「そうだったのか……」 「そうなの!」 夜のデザートの重要性に関する認識のずれの問題は脇に置くとして、自分がとんでもない誤解をしていたことだけは、氷河にもわかった。 「うまいケーキが作れるようになれば、おまえが一生俺から離れられなくなるんだと思って頑張ったんだが、つまり、俺が修行すべきだったのは、ケーキ作りじゃなくて──」 「あっちのデザートの練習はしなくていいのっ! これ以上あれが濃厚になったら、僕、胸焼け起こしちゃうよ!」 半月もの間、瞬とデザートを共にする楽しみを放棄してまで努めてきたパティシエ修行が、実は全く無意味だったという事実を知らされて、氷河は少々──もとい、かなりの打撃を受けた。 人生の目的を奪い取られてとまった人間のように気抜けし、嘆息し、それから氷河は、瞬に確認を入れた。 「……なぜわかるんだ」 「え?」 「俺のデザートが濃厚だと、なぜわかる」 「それは……だって、あれって、ほんとは気持ちいいことじゃないはずでしょ。僕たち、一応、男同士だし。なのにあれが気持ちいいって感じるのは、氷河が、その……」 どうやら瞬は、最初から氷河を非常に腕のいいパティシエだと思ってくれていたらしい。 確かに氷河は、今更改めてデザート作りの修行に精を出す必要はなかったらしかった。 「ああ、そういうことか。俺はまた、どこぞの下手くそな男と比べられたのかと思った」 「ぼっ……僕は……!」 あらぬ疑いをかけられた瞬が、その形のいい眉をきっぱりと吊りあげる。 「いくら僕だって、それくらい、比べる人がいなくたってわかるんだから! ベッドの中で、人の足の裏側だけ20分もいじってるなんて、普通の人がするわけないじゃない!」 「何を言ってるんだ。足の裏ってのは、極めてメジャーな性感帯だぞ。ロシアのアンナ女帝なんか、足の裏を愛撫させるためだけの女官を雇っていたくらいだ。実際、おまえ、俺に足の裏をいじられてる間、悶えっぱなしだったじゃないか」 「ぼ……僕はただ……!」 氷河の物言いに赤面し、だがそれが否定できない事実だったために、瞬は、氷河に反駁する代わりに彼を睨みつけた。 瞬の実に可愛らしいその反応を見て、この半月の苦労が完全なる徒労だったことを、氷河はしみじみと思い知ったのである。 「おまえが、俺のすることを気持ちいいと感じるのなら、それはおまえが俺を好きでいるからだ。他に理由なんかない」 「そ……そうなの?」 「そうだ」 「じゃあ、氷河は、あの、一般的に見て、あの……氷河のデザートは普通だったり軽めだったりするの?」 「いや、どちらかと言えば、濃厚な方だと思うが」 「……やっぱり、そうなんじゃない!」 氷河に目だけで嫌らしく笑う様を見せられた瞬は、頬を膨らませて、ぷいと横を向いてしまった。 |