百年の未来






「今年の秋の終わりまで もてばいい方だと言われたの」
沙織さんにそう言われた時、俺は多分驚いた。

俺は、その時それまで、沙織さんと、瞬の話をしていた──つもりだった。
夏バテなんていう、アテナの聖闘士にあるまじき理由で病院に運び込まれた瞬の話を。
夏の猛暑に加えて、事故が重なり、オーバーヒート気味の日本の電力供給システムの話なんかしていた覚えはない。

「えーと……俺たちが今話してたのは、確か──」
「もちろん、私が言っているのは今夏の電力供給の話ではなくて、瞬のことよ」
俺の考えを見透かしたみたいに、沙織さんが言葉を続ける。
しかも、真顔で。

俺は、その愉快な冗談を笑い飛ばそうとした。
だけど、そうすることができなかった。
笑うって行為は、タイミングが大事。
俺は、驚愕のせいで、完全にそのタイミングを逸していた。

アホらしい。
瞬は聖闘士だぞ。
あんなに細くたって身体は鍛えてあるし、おとといグラードの医療センターに運ばれていった時も、
「僕が夏バテで倒れたなんて、氷河には絶対内緒にしといてね。この先、氷河をからかいにくくなるから」
なんてジョークを言いながら運ばれていったんだ。

氷河じゃあるまいし、アフリカのアンドロメダ島で数年を暮らしてきた瞬が、たかだか日本の夏の暑さごときでにバテるなんて、確かにおかしい。
大ざっぱで大様でニブい俺だって、そう思った。
でも、ありえないだろ。
アテナの聖闘士が、闘い以外のことで命を失う──なんて。

だから俺は、ほとんど心配もしていなかった。
沙織さんは、でも、それを“ありえないこと”とは思わなかったらしい。
むしろ、瞬が夏バテで倒れるなんていう異常な事態に危機感を覚えて、医師に精密検査の指示を出したらしい。
そして、医者は、瞬の身体に病巣を見つけた──。

聖闘士という、一般人より強い身体、強い精神力が、悪い方に作用してしまった──我慢を可能にしてしまった──と、沙織さんは言った。
それが病気の発見を遅らせ、病気の進行を許してしまったのだと。

瞬は、何とかかんとかっていう小難しい名前の病気で、現代の医学では治療法がなくて──。要するに、それは、早期発見も手遅れもない、罹病したらおしまいの病気。
治療薬ができる前の結核みたいなもんで、症状もそれに似てて、ひたすら安静にしているしかない──んだと。

沙織さんは、俺にもわかるように随分噛み砕いて説明してくれたんだろうが、俺が理解できたのは、ただ、この秋が終わる頃に瞬が死ぬ──ってことだけだった。
使いすぎてオーバーヒートしちまったクーラーみたいに、暑い時期が過ぎたらお払い箱になるってことだけだった。






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